「朝日新聞からインタビューを受けました」と、出張前の堀英理子さんからメールが入った。新製品の発表で、シンガポールのチャンギまで飛ぶ直前らしい。成田からメールで、数週間前にインタビューを受けた記事が載ったことを知らせてくれた。弟子たちが、頻繁にメディアに露出するようになった。
[ジョブラボ]朝日新聞の働く女性応援プロジェクトがお届けする「キャリア×ライフスタイル」サイト
vol.76 笑顔で懐に飛び込み、「聴く」営業
サントリー食品インターナショナル 松尾英理子さん
2012.8.21(今日のニュース)
飲料メーカーにも、グローバル化の波が押し寄せている。大手のサントリーも今、国外に販売網を拡大しつつある。とくに力を入れているのは、これから著しい成長が見込まれる、東南アジアだ。この地で、「サントリーブランド」をどう浸透させるか。国際ブランド戦略部の松尾英理子さん(43)は、現地に根差した、ゼロからの商品開発に取り組んでいる。酒類の営業ウーマンとして、あるいは新規のワインブランド立ち上げスタッフとして、新しい道を切り開いてきた経験が下地にある。
グローバル市場には開拓者精神で
――国際ブランド戦略とは、どのような業務なのでしょうか?
松尾 サントリーブランドを海外に浸透させるのが、目標です。主なターゲットエリアは東南アジアですので、その国々のお客様の嗜好にあったサントリーブランドの飲料を開発し、売れる商品を生み出すのが任務です。国内の商品開発と、基本的には同じプロセスですが、国内に比べて、海外では相当長い時間がかかります。工場はどこにするのか、ラベルや生産方式がその国の法令を遵守できているのか、ひとつひとつ一から考えなければなりません。現地法人の社員を含め、関係部署一丸となり協力して取り組んでいます。
ドリンクの嗜好もその土地によって異なりますが、ビジネスも「日本のやり方」が、現地でまったく通じないこともある。先入観を持つと失敗することもあります。今までの経験や概念を一度、わきに置いて考えるようにします。求められるのは、開拓者精神ですね。大変なことも多いですが、東南アジアはペットボトル飲料が出てきてから、まだ10年もたっていない、成長市場。やりがいがありますね。
――ものづくりから販売まで、一連の流れを請け負うのですか?
松尾 そうですね。国内同様、商品開発、コミュニケーション、マーケティング等、一連のマーケティング活動すべてに関わることになります。今の部署に配属されたのは今年4月ですが、これまでに4回、タイ、インドネシアなどを訪れました。
――サントリーに入社した動機は?
松尾 新卒でまず、百貨店に勤めました。大学生のころ、「女性が活躍できる職場」として、注目されていたのが百貨店だったからです。面接試験で「食べること、飲むことが好きです」とアピールしたら、デパートのお酒の売り場担当になりました。そこには、各社の営業担当者が出入りしていましたが、サントリーのウイスキーの営業マンなど、自社の商品に愛着をもって仕事をしている姿にあこがれました。私たちは、週替わりでさまざまな商品を売る立場でしたので……。
そのあと、ビジネススクールに入り、マーケティングを専攻して、様々な企業の事例も学びました。卒業する前に、折よくサントリーの営業職の中途採用試験があることを知り、挑戦しました。今でこそ、女性の営業職も多くなりましたが、97年当時、採用された営業マン25人の中で、女性は私ひとりだけ。「やる気があるなら」と採用されたのです。そして、コンビニエンスストアの担当になりました。女性だから不利というよりは、一生懸命仕事をすれば、取引先では丁寧に教えてくれるなど、親切にしてもらうことも多かったですね。ただし、社内に戻ると、「女性だから甘やかさない」という雰囲気で、みんなの前で上司に罵倒されることもしばしばでした。「新しいビールを扱えないと言われた」と帰ってくると、「それなら、お前はいらない。お前がいる意味は何だ?」と怒られる。20代後半から30歳にかけて、自分が担当になる意味は何かを徹底して考えました。季節が夏なら、「コンビニが夏に売りたいものは何か」と考えてタイアップを提案したり、女性の消費者ならではの視点を強調したり。工夫を重ねるうち、次第に、営業成績があがり、達成感をおぼえました。
腫瘍が見つかり、立ち止まって考えたこと
――29歳のころ、どんなことを考えて仕事をしていましたか?
松尾 仕事が面白くなってくるころで、かつ頭がやわらかいので、いろいろなことを吸収できる時期でした。それまでは、営業職をがんばってこなして、成果を出す、会社にとっては「部分最適」の役割でした。そこから、営業推進本部に異動になり、全国のコンビニ担当営業担当者を支援したり、商品開発の人とコミュニケーションをとってコンビニ向け商品を強化したりといった、会社全体について考える「全体最適」を考える業務につきました。さまざまな立場の人の意見も聞きながら、ファシリテーションをする。30歳前後から、「聴く力」の重要性を感じるようになりました。女性は主観的になりがち、ともいわれるので、「会社にとっては」と客観的な意見を言えるように心がけました。
―仕事の充実と、プライベートのバランスは?
松尾 36歳のとき、あこがれていた商品開発の仕事に携わることができました。ゼロからものづくりをする、それまで経験していなかった仕事です。しかし、これがなかなか難しかった。奮闘していたある日、人間ドッグで腫瘍が見つかり、緊急入院しなければいけなくなってしまったのです。突然自分が会社を休んだら、商品化が止まると思ったら、実際は大丈夫でした。働き盛りで、仕事が楽しくてやってきたけれど、自分がいなくなっても、仕事はまわるのだと気が付きました。それまで徹夜したり、土日も仕事をしたりする毎日でしたが、入院中は子どもを連れた友だちがお見舞いに来てくれたこともあり、プライベートについて考えました。自分が20代で営業職についていたころは、子どもができると会社をやめる女性が多かったのですが、会社も産休後の復職を支援する方向に変わっていました。
37歳で出産し、育休後に復帰しました。子どもができてからは、自分で自由に使える時間に「限界」があります。仕事のスイッチは時々完全にオフにしないと、いい仕事ができないということもわかりました。独身のときは、自分ががんばればそれだけ、成果につながると思ったのですが、今は支えてくれる仲間がいて、みんなでがんばって協業できるから120パーセントを出せるのだ、という意識に変わっていきました。
――さまざまな仕事を経験して、一番印象に残っているのは?
松尾 前部署でワインのブランドを立ち上げる仕事を手がけたことです。営業は、自分も相手もサラリーマンという環境でしたが、ワインの農家さんやソムリエさんなど、取引先は組織ではなくて、自分の名前で仕事をしている人たち。言葉には、まったく甘えがありません。現場で農家さんの思いを聞き、それをかたちにしていこうと、「地域名」を商品名にし、「日本」自体をコンセプトにしたブランドを立ち上げました。ワイナリー農家の名前でも、サントリーのブランドでもなく、まず産地を訴え、産地の方々とサントリーとが協働で産地を形成し、産地ブランドを定着させていく、持続可能なブランド戦略です。この戦略は社内外たくさんの方々と、時間をかけ多くの対話を積み上げたからこそ見出せたもので、この仕事を通して「人と人との対話がいかに大切か」を痛感しました。
――仕事のうえで、壁を乗り越える秘訣はありますか?
松尾 「商は笑にして勝なり」。やはり笑顔です。女性はいくつになっても「かわいい」と言われるぐらい、笑っていることが大切。なぜなら、笑うことで、「どちらかが勝つ」という関係ではなく、「お互いにとってよかった」と思える解決法を探すことができるからです。相手の話を聞くという姿勢を持つことはとても大切ですが、笑顔でなければ、相手のふところに入っていけないと思います。あとひとつは、仕事も、プライベートも「まわりに支えられている」という感謝の気持ちを忘れないようにしています。
(文・ライター斉藤真紀子)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
MEMO
人生で一番大切なもの :
娘。そして、志。
仕事史上最大の失敗 :
天然ボケのため、今まで重ねてきた失敗の数々はかなりのもの。娘にいつも「失敗は成功のもと」と慰められているくらいです。それでも大きな失敗をせず20年働き続けてこられたのは、職場の上司、同僚に支えられてきた証。まわりに感謝せずにはいられない仕事人生です。
働く理由 :
仕事を通じてしか出会えない人がたくさんいて、その人たちから教わることがとても多いことを日々実感しています。毎日が新鮮であることも、仕事を続けているからこそ。それが明日への糧となっていると思います。
最近、影響を受けた人 :
ワインの仕事で知り合えたぶどう農家の方々。人生かけて日本一のワイン用ぶどうを作るんだ、という強い想いに、ものづくりの真髄を見ました。その想いを消費者視点で形にし、広めていく。彼らから学んだことは、今後どんな仕事をしていく上でも通じるものだと信じています。そして何よりも、あたたかい人柄。辛い時には彼らの笑顔を思い出し、元気を取り戻しています。
最近、影響を受けた本 :
奥田政行『人と人をつなぐ料理』 地元の在来野菜を復活させたことから、地産地消の請負人とも言われる、山形の奥田シェフの想いや考え方がつまった本。志を持って進めば夢は実現する。そのためには人の何倍もの努力、タイミングを見極めるセンス、そして何がなくても同志が必要。想いを実現するには何が必要かを分かりやすく教えてくれ、読後には背中をポンっと押してもらったような気分になれる本です。
ストレス解消法 :
やっぱりお酒です。美味しい食事のひとときが何よりのストレス解消法。そして週末は、娘と遊んで童心に帰ること。何事もメリハリです。
健康管理術 :
夜更かしせず5時には起床する、早寝早起きが健康の秘訣。毎朝、娘と保育園まで歩くことが唯一の運動ですが……。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
Profile
松尾英理子(まつお・えりこ)さん
サントリー食品インターナショナル国際事業部ブランド戦略部課長 1992年早稲田大学第一文学部社会学専攻卒業後、伊勢丹入社。新宿店食品部和洋酒売り場担当。94年消費者調査会社(社会行動研究所)入社。95年法政大学ビジネススクールマーケティングコース入学。97年サントリーにビール専任営業マンとして入社、同年に結婚。2000年東京広域営業部コンビニエンスストア(CVS)担当を経て、02年営業推進本部CVS担当に。03年RTD(チューハイなど)商品開発担当になるが、05年入院、手術のため2か月休職、翌年出産。08年育休取得後、ワイン事業部に復帰。12年食品会社の国際事業部に異動、マネージャーに昇格。