先月の経済誌『プレジデント』に掲載された記事(元々はインタビュー)である。雑誌に遠慮して、即ブログにアップすることは控えた。待ち時間(の短縮)が売上と利益を生むというストーリーである。 (*縦書き記事を横書きにしてあるので、少々読みにくいかもしれない)
「マクドナルドは、待ち時間一秒減売上八億アップ」
~ ヒット商品がなくても売上を伸ばす方法はある
今春、日本マクドナルドでは、携帯電話を使った注文・決済を「瞬時に完了」する画期的なサービスを始めました。客が事前にメニューを選択し、レジ前の読み取りスキャナーにかざすと、たちまち注文と支払が済む。待ち時間を短くして、客が他店に流れる「売り逃し」を最小限にする狙いです。
実験店では、店員によるオーダー確認やレシートの受け渡しを含めて、通常の五五秒から三十秒強まで短縮できたそうで、マクドナルドでは、全店で注文時間が一秒縮まれば八億円の増収効果があると試算しています。
たった一秒で八億円! 本当でしょうか。計算してみましょう。日本マクドナルドの売上は、年間約三〇〇〇億円(昨年一二月期の連結決算)。売上八億円は、その〇・二七%にあたる。仮に客単価が同じだとすると、一〇〇〇人に二~三人の割合で新たな客を呼び込めれば八億円アップは実現できる計算になり、現実的な数字です。待ち時間が短いと知れば、実際はもっと多くの客が集まるのではないでしょうか。
今、リピーター客を得るには商品のクオリティの高さだけではなく、「素早く買い物できる」ことが極めて重要です。
〇九年にユニクロが上海店を出店した時に、私は近くのZARAやH&Mを含め、店に入る人数のうち、何割が買い物袋を持って出てきたかを比較調査しました。最も購入率が高かったのはユニクロでした。その理由は、待ち行列の短さ。ユニクロは客数に応じてレジ数を増やすなど、臨機応変に対応していたため、客溜まりは目立ちませんでした。一方、他店は行列が長く賑わってはいましたが、購入率はユニクロほどではない。客はあまりの混雑ぶりにイライラして帰ってしまったのでしょう。
レジ一台あたり
一・五人がベスト
レジ待ち問題は、売上を大きく左右します。表をご覧ください。これは以前、「神戸コロッケ」で知られる惣菜チェーン、ロック・フィールド(千葉・新浦安のアトレ内)で、客の行列と購入率を調べた時の結果です。調べたのは、①歩きながら店(ショーケースなど)を見た人、②見た人の中で立ち止まった人、③立ち止まった人の中で購入した人です。
夕方の人の往来が増える時間帯は、客溜まりが増え、同時に売上も増えていました。ところが、これでめでたしではありません。よく観察していると客溜まりが増えることで、②の立ち止まり率が下がってしまったのです。目指すべきは「②の数値×③の数値」をより大きくすること。この数値が最も高かったのは、レジ一台当たりの待ち人数が一・五人のケースでした。一・五人より多いほど、立ち止まらずに逃げていく客も多くなるということです。
商品力がある店の場合、客溜まりを減らす努力をすることでさらに売上を伸ばせる可能性がある。売上のポテンシャルはもっと大きいのに損をしているのです。
客溜まりを減らせば、結果的に客の満足度も高まり、リピートする回数が増え、継続的にいい循環が生まれます。店も客も、大満足です。もちろん、行列は「美味しい店」の証なので「行列ゼロ」は体裁が悪いですが、「待ち時間が長い店ほど儲かっている」とは言えないのです。
マクドナルドCEOの原田泳行さんは、そうした「待つのが嫌」という客心理を熟知しているのでしょう。これまでにも都市部では小型店を閉める代わりに大型店を増やしレジ数を多くしたり、クルーの教育に力を入れたりした。そうしたオペレーション戦略の延長線上に、今回のITを利用した瞬時に決済完了サービスはあります。
極論すれば、もしエース的な大ヒット商品がなかったとしても、レジの時短化によって売上の伸びしろは八億を優に超えるでしょう。マック式オペレーションは打ち出の小槌なのです。
法政大学大学院教授
小川孔輔
1951年、秋田県生まれ。東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。カルフォルニア大学バークレー校留学を経て、法政大学経営学部教授に。『お客に言えない!「利益」の法則』など著書多数。