わたしのブログにはときどき「スパイク現象」が起こることがある。特定記事へのアクセスが、突然増える。新聞・雑誌のネット版に、ブログ記事が引用された瞬間からそれが始まる。2010年3月12日にアップした”書評:岡本重明『農協との「30年戦争」』”に、一昨日からアクセスが集中している。
書評で取り上げた書籍(2010年刊行)は、岡本重明『農協との「30年戦争」:誰もかけなかった巨大組織の「闇」』文春新書である。この本は、岡本氏の個人的な体験から、農協の制度的な欠陥を指摘した問題作である。JFMAの松島専務が読んでいたので、おもしろい本だと思いすぐに購入した。
タイトルが刺激的な分、はじめは「眉唾もの」ではないかと疑ったものだ。しかし、その後、ネット上の書評をご本人が目にとめて、わたしにメールくださった。そして、法政大学の研究室まで足を運んでくださった。話した感じでは、岡本さんは、ごくふつうの感覚のひとだった。
その後のことは知らないが、いまさらながら、ブログ記事へのアクセスが増えているのは不思議である。おそらくは、TPP関連で、岡本さんがどこかで発言したか結果であろう。そのために、ネット経由で、わたしの書評が引用されているのではないだろうか。
このような現象は、いままでも何度か起こっている。たとえば、クロスカンパニー(石川社長)への「インタビュー記事」の引用や、呉智英氏の「恋愛至上主義への疑念」のコラムなどである。
書評へのアクセスは、本日に至っても減衰する気配がない。3日間連続で、150件以上の閲覧が観察されている。以下では、その理由を推測してみた。*
(*注: タイのチェンライにいる岡本さんご本人から、いま電話があった(11月23日午前10時)。どうやら二日前に「ビートたけしのTVタックル」に出演したらしい。TPP論議の影響で、アマゾンの書籍ランクがアップして、グーグルからわたしのブログにたくさん流入しているらしい。納得である。ちなみに、番組には、法政大学法学部の萩谷先生が出演していた。このひとは説明がうまい!法政大学の教授とはとても思えない!)
日本の農業という土壌に、民主党政権はふたつの種を蒔いた。「TPP」(環太平洋戦略的経済連携協定)と「農家への戸別補償制度」である。両者は、本来は別々の思惑(断じて、戦略的な思考からではない!)から、独立してはじまった政策提言である。
ところが、政権交代から3年目を迎え、自民党政権がこれまで触ることさえできなかった「パンドラの箱」を、僅差で首相に選ばれた3人目の野田首相が開けてしまったのである。世間が思っているように、これは偶然に起こったことではない。時代の必然である。
なぜならば、日欧米でいま起こっていることは、先進諸国(ギリシャもイタリアも、とりあえずは先進国に分類しておくことにする)における、社会経済システムの機能不全に由来するからである。その原因をさらに突き詰めていけば、(1)政府の財政問題(税収と支出の慢性的なアンバランス)、(2)所得の格差問題(富の偏在への不満)、(3)現行システムを支えている制度問題(既得権益の擁護と排除)に行きついてしまう。
現行の制度(既得権益の構造)に手を加えない限り、欧州危機と米国や日本の財政破たんは、阻止のしようがない。どのくらいの日本人が、そのことに自覚的だろうか? 胸に手を当てて考えてみるとよい。
自分たちの貢献度に比して、現在は優遇されすぎている団体(利益グループ)は、いずれ権益を失ってしまう。そうでもしない限り、全世界でそれぞれの国家財政は破たんする。そこに至るまでのプロセスには紆余曲折があっても、結論はいたってシンプルである。
「働かざる者、食うべからず」。ある共産主義者の発言である。食べられなくなれば、殴り合いにでも
ならない限り、個人間・組織間で市場原理が働くことだろう。社会的な貢献度に応じて、個人に、グループに、それぞれ報酬が支払われる。既存制度の見直しによって、取りすぎている「余剰分」は、減額・返金すべし、となる。
この文脈でいえば、日本農業の問題点は、(1)「政府からの補助金」と(3)「農協という制度」に関係している。民主党政権がパンドラの箱を開けてしまったことで、農業に関わる既得権益の実態が、いまや白日の下に晒されようとしている。
本来的な「仕分け」の対象に、農業団体や医師会がなりつつある。非効率部門(農業と医療)が財政負担のターゲットになる。当然であろう。
国家に余裕があれば、補助金も打ち出の小づちのようにどこかから出てくる。しかし、明日の食糧にも事欠く状態になれば、結論は明白だろう。もはや、「無い袖は振れない」のである。
TPP参加へ抗議行動を、JA全中(農水省)は本気で始めるつもりなのだろうか? やめたほうがよい。たぶん聡明な官僚ならば、自らの組織を守ろうとするだろう。なぜならば、箱の中から飛び出してくるのは、魑魅魍魎だからである。
TPPが日本農業に及ぼす害悪(デメリット)を議論し始めると、自分たちがいま享受している補助金などのメリットを明らかにしなければならない。社会的な貢献度と、TPPの逆効果を天秤にかけることになる。農業団体(医師会)が制度維持へのプロパガンダを熱心に展開すればするほど、現状のメリット(補助金の実態)があからさまになる。
きっと後ろから、税金をたくさん払っている都市住民たちが、大きな声で言うだろう。「ああ、そんなにたくさんお金をつかんでいたんだ!」。間違いなく、それは罵声である。
以上は、単なるわたしの妄想かもしれない。
でも、日本農業の再生にとっては、TPPという「黒船襲来」が最後のチャンスである。戦後のGHQによってゆがめられた農政を改革する好機である。この革新の機会を失えば、日本の農村はほんとうに疲弊してしまう。シャッター通りは、流通規制によっては阻止できなかった。
最後に、2010年3月12日の岡本書評のなかで、わたしが書いた最終の感想部分を、ここに採録させていただきたい。
1年半後のいまでも、日本の農業に対する基本的な考え方は変わっていない。いや、確信の度合はもっと深まっている。
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(前略)
おそらくは、日本の農協組織が現状に対してすべての責任を負っているわけではないだろう。しかし、せめて欧州の地域農協のように、生産者組織が自力で商品を販売する努力ができていれば、日本の農協組織に対する悪評もかなりちがった性質のものになっていただろう。
例えば、デンマークの「ガザ」やスイスの農協組織、オランダの「フラワーカウンシル」は、農民のために、欧州域内で、あるいはグローバルに、消費者市場を開拓してきた実績がある。それでも、最近になって、一部の補助金が組織維持のために使われている実態が判明した。そのことから、欧州でも、日本に比べてはるかにうまく機能しているはずの組織に対して、その有効性がきびしく問われはじめている。
最近、評者は、農産物(花と野菜)の国内生産・流通コストを調査している。そこで見るデータは、じつに岡本氏の指摘通りである。作物の集出荷段階からはじまり、中間流通のそれぞれの段階において、わたしたちがこれまで知りえなかった「収奪」が起こっている。不必要な中間搾取が、これまで組織的に行われてきたことが立証されてしまった。
きちんと組合員メンバーのために働いている農協と農協職員の存在を、評者は日本全国で知っている。だから、残念ながら、こうした動きを主導してきたのは、農協組織と卸市場の「制度」だと伝えざるをえない。「人間」の問題ではなく、こうした事態を引き起こしているのは、社会的な「制度設計」の失敗なのである。
わたしは、日本農業の最大の問題は、これまでは「土地制度にあり」と主張してきた。しかし、流通コストと農業補助金(生産システム)を天秤にかけるとしたら、より深刻なのは、流通のほうかもしれないと思うようになってきた。国際競争に負けてしまうのは、日本農業の低生産性に原因がある。そんなことは誰でも知っている。だから、農業部門の生産性を改善するのは、それほどむずかしいことではない。課題の順番に、それぞれの部分(パーツ)から手をつければいいからである。
ところが、国内の流通システムと商流を作り直すのは、そんなに簡単なことではない。それは、インフラを変えることである。取引制度など、従来型の仕組みを丸ごと御破算にしようとすることである。切り替えられるのは、ハードだけでない。取引関係や人間関係にも手をつけなければならない。根本から既存の仕組みを壊すことである。
政治に連なる農業の問題は、根が深い。
岡本氏が苦汁をなめてきた「30年の間」とは、高度経済成長の後、日本の農業が革新の機会を求めてさ迷っていた時代である。かつて既得権益を手離さなくて済んだ農村社会では、制度そのものに異を唱えることはむずかしかった。それは、岡本氏のように、勇気ある変人か、良心的な個人しか、なしえなかった愚かなる行為であった。
そう考えると、岡本氏のような人間が、正々堂々と制度に対峙することが許されるようになったことは、日本の農業が変わる兆しでもある。今度こそ、政治と官僚に農政で失敗してほしくない。なぜなら、次の制度設計の成否は、わたしたちの孫子の世代において、日本人の食の豊かさと安全、そして、健全なる国土と環境の保全が確保できるかどうかを決定づける。
民主党が公約した農家への「戸別所得保障制度」(正しくは「戸別補償制度」なのだが、皮肉の意味で「保障」と書いている)は、まっとうに農業を営もうとしている専業農家からは、どのように見えるのだろうか? 労働組合的な保障制度の枠組みでは、日本の農業の低生産性を解消することはできないだろう。ましてや、耕作放棄地を減らして、環境保全型の土地利用制度に移行させることもできないだろう。農業を推進させるインセンティブが、まるっきり後ろ向きである。
夏以降の政治の舞台で、わが国民は、こうした争点に対してどちらの旗になびくのだろうか。自民党の農政はひどかった。しかし、民主党の農業政策はもっとひどい。代替案が出てこない。聡明な官僚は、すでに問題点を喝破している。そうなのだが、いまや声高にそのことを叫んでみても、混乱と紛糾の報道によって売上を稼いでいるマスメディアは、賢明で正当なアイデアには興味を示さない。