「エアリッチ・アーチング栽培研究会」の第18回総会特別講演に呼ばれ、大分の別府温泉まで出かけていた。夕方からの懇親会で、兵庫県三田でバラ園を経営している井上さんと2時間ほど話し込んだ。その折に、前職では「餃子の王将」で店長を19年務めていた井上さんから、不振店の建て直しについて、すごく面白い話を伺った。HPに書き込んでおくことにする。
井上さん(フルネームを書いた名刺がない!)は、おそらく40歳。18歳のときに小豆島から出てきて、兵庫や岡山などで19年間、「餃子の王将」の店長として働いた。縁があって、現在は井上バラ園にお婿入りしている。小さなお子さんも居るらしいが、詳細については、「またの機会に」ということになっている。
井上さんが餃子の王将に居た当時のことである。井上さんの店長としての仕事は、ふつうの店長とはちがっていた。火事場に送り込まれる救急隊員か、ノーアウト満塁でマウンドに立たされた救援投手のようなものである。短期間で業績不振の店を立ち直らせることが彼の任務であった。
業績不振の店に入ってまず第一週目にすることは、組織の中の人間関係を改善することである。売上が上がっていない店は、あいさつの「声出し」ができていないことが多い。それは、人間関係ができていないからである。モチベーションが上がらない組織は、声だし一つだにできない、また、簡単なPOP一枚が準備されていないこともある。いずれにしても、人間関係のごたごたを反映して、お客に顔が向いていないのである。
第二週目には、組織全体がしごとに前向きになり、人間関係の対立構造がなくなった時点で、つぎにはその店に「死に筋商品」がないかどうかをチェックする。業績が悪い店では、何らかの理由で、他店で売れている商品を売り逃がしている可能性があるのだそうだ。たいていの場合は、セールストーク(商品のお勧め)がないために、売り逃がしが起こっている。販売データを細かくチェックしながら(ドリルダウンしながら)、品目別に売上のランキングを調べてみる。
第3週目には、外的な要因をチェックする。組織と商品を改善しても売上が目に見えて上昇しないときは、近くに新しく競合店ができていたり、知らない間にコンビ二や食品スーパーで惣菜の美味しい店が開店したりしている。これは、外回りをしないとわからない。なので、第3週目以降は、心がけて外出の機会を増やすようにする。
ちなみに、井上さんにとって、経営指標は店を立て直すための大切な目安である。井上さんが担当した客席数100席の店舗では、一日の売上高が52~53万円。客単価が820~850円だった。平均客数は、一日550~650人である。回転率は6~7回転になる。手元にある「王将フードサービス」の決算報告書(http://www.ohsho.co.jp/company/ir_index.html)によると、2008年3月期で、直営327店舗(FC179店舗)の売上が450億円。一店舗当たりの平均販売額は、1億3800万円になっている。日販にして約38万円である。井上さんは、成績の良い店で働いていたことになる。あるいは、優良な店長だったわけである。
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前職で立派な商売をしていた井上さんは、新たな商売でも単なるバラ園では終わりたくない。義理の父親が、バラ園に洒落たお店を併設して、直売に力を入れて成功している。栽培したバラの90%は直売されている。婿さんに入った井上さんの希望は、直販の店舗に加えて、ホテルやレストランなどの新しい販売チャネルを開拓することである。
宴会の席なので、相互交流がはじまった。わたしは、神奈川県の海老名市で、やはり1500坪の直営店を経営している「神部バラ園」(神部喜治さん)を井上さんに紹介してあげた。こちらは、直営農場のバラのうち80%を直売している。話し込んでいたら、隣の席に、宮城県の名取市で大規模にバラを栽培している生産者のかたが参加してきた。こちらは10%が直売である。人口密度が、海老名や三田とはちがう。田園地帯にはあるが、しかし、仙台から15分の同じベッドタウンである。
そんなわけで、アーチング研究会には、直売プロジェクトチームができそうである。もし市場が自分たちのバラを販売してくれなくても、自力で顧客をつかまることはできる。都市近郊ならば、それは不可能ではない。生産者にとって究極の自助努力の手段は、小売に打って出ることである。ネット販売もそのひとつになった。静岡県三島氏の市川バラ園さんが、10年前に始めたモデルである。いまは、それが全国的に広がりを見せている。