「花小売業におけるマーケティング、現在と未来」『HF ホーティカルチャー&フラワー』2011年12月号

 園芸誌『ホーティカルチャー&フラワー』(神谷社長)から、「花の店頭マーケティングについて」書いてほしいという依頼を受けた。「H&F」は、園芸の視点から植物に関わる読者に園芸業界の展望を模索する季刊誌である。後半部分は、IFEX2011での講演を文章化したものである。

「花小売業におけるマーケティング、現在と未来」
『HF ホーティカルチャー&フラワー』2011年12月号
法政大学大学院教授(JFMA会長) 小川孔輔

はじめに
農業分野のマーケティングで、欧州と米国に対して日本は著しく遅れていると言われている。日欧米との格差は、以前にもまして広がりつつある。それとは対照的に、イトーヨーカ堂やユニクロ(ファーストリテイリング)、サイゼリヤなど、一般の小売業チェーンは、中国を中心に東アジア進出で成功を収めはじめている。小売業全般は、欧米との経営力、とくにマーケティングとマーチャンダイジングにおいて経営格差を縮めつつあるのに比して、花小売業や量販店の花部門はいまだに相当に遅れているのはなぜだろうか?本稿では、その理由と対策を考えてみたい。

1 基本的なインフラ(産業基盤)の違い
 よく知られているように、欧米大陸の2大消費地は、その南側に生産供給基地として熱帯高地を抱えている。ヨーロッパ市場に対するアフリカ大陸(ケニア、エチオピア、ジンバブエ、南アフリカ共和国など)、北米市場に対する中南米(コロンビア、エクアドル、ブラジルなど)である。
熱帯高地にある管理な温室では、紫外線が強くて発色の良い花が、低コストで周年供給できる。インフラが整っていなかった10年前は、供給チェーンが安定せずに、低コストで生産できたが、品ぞろえも品質もいまひとつであった。しかし、空港までの道路網が整備されて、日本以上にコールドチェーンがしっかりしている。予冷などの技術も完備しつつある。
 日本の小売チェーン店では、品質(外部品質ではなく内部品質も!)の良い花を、安定的に調達ができていない。そのため、基本的にインフラを整備していかなければ、欧米流の品質管理ができないし、海外からの調達網を国内のサプライチェーンにシステム的に結合しないと、後述する店頭マーケティングを展開しようとしても無理がある。体力のない学生を夏場に無茶苦茶にしごく高校野球の監督のようなものである。
 取り組むべきことは、大きく分けて二通りである。ひとつには、流通コストを削減すること。もうひとつは、国内のコールドチェーンを確立することである。そのために、花の輸送や温度・湿度の管理に対して、業界として輸送・保管標準を設定することである。
 たとえば、オランダの「フラワーウォッチ」が実践しているように、輸送時の温度帯は基本的に0.2~1℃にすること。荷卸しの前後には、花き市場あるいは荷分け作業所での温度帯の管理をしっかりすることである。オランダ流の輸送温度が低すぎる(ヒートショックや結露によるボトリチスの発生)を問題視するのは俗説である。その後の温度管理にこそ課題がある。
 もうひとつのコスト対策は、何も花の業界に特殊な事情ではない。国内の物流コスト(短距離輸送)が海外からの物流コスト(1万キロ以上の長距離海上輸送)に負けているのは、燃料費や高速道路代、トラックドライバーの運賃など、すべての点で国内物流が非効率だからである。そのうえに、コールドチェーン確立のために、台車のサイズや温度管理、中継方法の基準ができていない。 
 以上、小売店のマーケティングや店頭MD(マーチャンダイジング)を考える前に、インフラの整備を業界あげて実現しないと、その先には進むことができない。具体的な改善策については、さまざまな観点から、組織(JFMA・MPS)としても、個人的にも(大学の研究室)取り組んでいる最中である。

2 業界組織と共同プロモーション
 「オランダ花き協会」(Flower Council of Holland)は、来年からは、国際的な花のプロモーションやリサーチに対して、生産者からの手数料の徴収をやめることになった。各種業界団体のプロモーション活動は、それぞれの民間団体が独自で行うようになる。おそらくは、「フローラホランド市場」がこれまでの花き協会の活動を代替することになる。
 とはいえ、1970年代にはじまり、2010年までの40年間、花というカテゴリーの商品を世界中に広げることに成功できたのは、オランダ花き協会の貢献が大である。実際に、20年前(1990年)には6兆円の花きの世界市場(小売りレベル)が、現在は、12兆円に拡大している。ロシアや東欧、アジア新興国に花を普及させたのは、オランダ商人の力である。その基本は、オランダの生産者の命を受けて、世界中のメディア(新聞・雑誌やテレビ)に花の使用シーンを露出させる「プロモーション戦略」だった。
 米国の「花き振興協会」(Flower Promotion Organization)も同様な手法で、米国の花市場を活性化することに成功した。「9.11」(2001年)以降は、やや成長がとまってしまったようだが、カーネーションやバラの生産輸出国であるコロンビア(花き協会:フローレスコ)の支援を得て、米国市場は20年で50%も花の販売が伸びたと言われている。
 日本では、「1000分の一構想」(オランダにならって、生産者と買参人が売上の千分の一を花のプロモーションにプールするという案)が、惜しくも途中でとん挫してしまった。現在は、花普及センターが中心になり、「2月14日を男性から女性に花を贈る日」にしようとする「フラワーバレンタイン推進委員会」(会長:青山フラワーマーケットの井上英明社長)がその夢と役割を継承している。
 フラワーバレンタイン以外にも、新しい物日を作ったり、業界を挙げて他の業界とのコラボレーションによる共同プロモーションを企画してはどうかとわたしは考えている。たとえば、フラワーバレンタインの推進委員会では、実際に、2月14日に、テレビ局や各種雑誌に露出をしただけではない。百貨店業界を巻き込んで、銀座の3つの百貨店(三越、松屋、松坂屋)で、花を配るイベントを今年も企画している(2012年2月11日を予定)。また、レストランなどの飲食店やファッション衣料店チェーン、映画やエンターテインメントの業界などとのコラボレーションも、初年度だけでなく、来年度も積極的に展開される予定になっている。

 (挿入) 参考資料、フラワーバレンタインのHP

3 花小売業のベストプラクティス企業
 日本の花小売業(専門店チェーン、量販店の花売り場)で、店舗運営と商品政策が明確なのは、「青山フラワーマーケット」(首都圏を中心に全国80店舗、2011年10月現在)と「ヤオコー」(関東の食品スーパー、115店)である。
前者は、定番アイテムの開発(ライフスタイルブーケ、ミニブーケ)や季節感の演出(シーズナル・アイテム)で店頭管理では群を抜いている。最近では、植物のディスプレイに特徴がある「カフェ」を展開したり、物流改革にも取り組み始めている。
 後者のヤオコーは、22期連続の増収増益企業である。日本の食品スーパーマーケットでもっとも頻繁にベンチマークの対象とされる企業である。花部門の取り組みは、2000年頃から始まっている。5年ほど前から生鮮4品(青果、精肉、鮮魚、総菜)に加えて、5番目の生鮮・デリカ部門として、「花部(門)」を創設した。花売り場は、委託納品も含めて、すべて自社で運営されている。2割程度が店舗には、販売員をつけて「ショップ形式」(Flower Timeのブランド)で運営されている。特筆すべきは、今年4月からは、「日持ち保証販売」(基本的に5日間保証)を直営の約70店舗で実施している。
 専門店とスーパーとで業態は異なるのだが、二社に共通しているのは、顧客の視点から、商品と店づくりをしようとしている点である。以下では、店頭の作り方の基本を解説することにしたい。ほとんどの花店や花売り場で、実践ができていない事柄である。なお、以下の話は、IFEX2011(国際フラワーエキスポ)での筆者のセミナー「お花屋さんのマーケティング入門:売れる店舗づくり」の講演内容を文章化したものである。花小売業が考えるべき基本原則について述べてある。

4 花の小売マーケティングの基本
(1)店舗を見る視点
  良い小売店の良い売り場とは、以下の4つの条件を満たしている店のことである。以下のような視点から売り場や商品を作ることで、花小売業の販売額も生産性もまちがいなく向上することになるだろう。
 ①  顧客視点から売場がレイアウトされていること。つまりは、顧客動線(動きや流れ)を見て、顧客としての立場から売場をレイアウトしたり、陳列に工夫をすべきである。したがって、カウンター側(の中)から花の売場を見てはいけないない。
 ②  「美しい売り場」ではなく、「よく売れている売り場」であること。感覚的にではなく、客観的データで売場効率を判断することが大切である。美しい売り場は、あくまでも結果である。直感や印象を否定するわけではないが、誰でも納得する数値で事実を語ることが大切である。感覚で売り場を作ると、担当者が変わったり、季節が変わると同じレベルの売り場が維持できなくなる。
 ③  日々の改善ができるように、売り場を設計すること。「仮説的な思考」をすることが大切である。従業員が仮説(こうすればお客さんが入りやすくなる。顧客はたぶんこんな風に反応するだろう)をもって仕事ができるようにすることが大切である。売れなかったのは、お客さんが満足していないことの表れである。売り場では、複数で討論しながら、問題の原因を突き止めることである
 ④ 従業員が「改善提案をする」体制になっていること。店舗で現場を変えていくのは、従業員である。従業員自身が問題を考えるように、訓練することである。そのためには、実行可能な処方箋を準備してあげることが大事である。改善提案が出てこない売り場も商品も、進歩しない。結果として、業績が向上しない。

(2)理想の花売り場とは
 良い売り場を作る条件は、「安心ショッピング」(=ショートタイムショッピング)の3原則である(渥美俊一・桜井多恵子『ストアコンパリゾン』実務教育出版社、参照)。顧客が安心して花を購入できる状態は、短い時間で商品を手にして店から出られることである。
 このことは、「花屋の常識」に反しているように見える。しかし、よく考えてみてほしい。花を買う目的が明確な場合は、どの花をどのような形(花束、アレンジ、その他の植物やプリザーブのギフトなどなど)で購入するかに時間をかけたくはないものだ。ゆっくり、花売り場で時間を過ごすために来店する顧客は、実際には少数である。
 ① 店で値札を見ないで買えること。価格がいつも一定ならば、値段など見る必要がない。花屋と寿司屋の商売の仕組みはよく似ていると言われる。頼むまで値段がわからないからだ。しかし、首都圏に17店舗を展開するフラワーショップの「オランダ屋」(簔口社長)のように、一年を通して、切り花が1本100円ならば、顧客は値札そのものを見る必要がない。
 ② 品質や機能を吟味しなくてよいこと。値段と同じく、品質が保証されていれば、いちいち葉っぱや枝ぶりを気にする必要もない。万が一、5日くらいで枯れてしまっても、全品お取替え可能ならば、品質を心配することもない。オランダ屋では、ラッピングペーパーに、「枯れたときの返品保証」が明記されている。
 ③ 商品をテイスト(好み)だけで選べること。上の二つの条件が成立しているので、花屋での顧客がすべきことは、色や香りや品種、産地などをチェックするだけである。面倒なことはいらないし、それだけ花を選ぶときの本来の楽しみが実現できるわけである。

(3)楽しく買い物が実現できる根拠
 最後に、前述の原理にしたがった上で、できればさらに、次のような3つのことにも配慮したいものである。楽しく買い物ができるための3つの考慮事項である。
 ①  <わかりやすい値段> 値ごろ価格が明らかである。そのためには、「プライスポイント」(最多販売価格帯)が、顧客にきちんと伝わっていることが大切である。具体的な例として、図表 「デフレ勝者6社のプライスポイント」(『チェーンストアエイジ』から抜粋)をご覧いただきたい。ユニクロの幼児デニムは、ダイソーのようにワンプライスになっている。他社に比べて、値ごろ感が明確なのである。
 ②  <信頼できる売り場> 店舗(ブランド)と販売員(接客技術)の両方の信頼性を高めることである。小売サービス業の基本は、「リピートビジネス」である。顧客が再来店することを前提に、ビジネスが組み立てられている。
 ③  <いつも 新しい発見や驚きがある> とはいえ、売り場に来る顧客は、値段と品質ばかり見ているわけではない。その店に独自な「ライフスタイルの提案」を希望している。贈り方や飾り方について、TPOS(Time, Place, Occasion, Life Style)別の提案がほしい。それは、品ぞろえや商品の絞り込みをすることで実現できる。青山フラワーマーケットが顧客から支持されているのは、ライフスタイル提案(ブーケ)や旬の演出が上手だからである。