大震災(3月11日)以来、日本のすべてがおかしくなった。そう思っている方が多いのではないだろうか。わたしもそのように思っていた。しかし、よくよく考えてみると、「おかしくなった」のではなく、「おかしかったこと」が単に露見しただけのことではないのか。
政治も経済も消費も、外交も文化も報道も、おかしいことがわかったのだから、これ以上、悪くなりようがない。だから、今わたしはその逆を考えている。日本経済と産業・市場のいまを、客観的なデータで眺めてみよう。そこには何が見えるのか。
(1)日経平均株価が、1万円を切りそうで、なかなかそこから下に落ちていかないのはなぜなのか?
(2)これほど、日本経済がダメだと言われているのに、なぜドルに対して円は70円台なのか?
(3)小売業やサービス業は、節電の影響で夏は業績が良くないとされているのに、
足元の売上高は、対前年度比+10%で推移している。春先ほど、倒産件数は増えていない。
すべての指標が、日本経済と消費の上昇を予見している。この際、政治のダッチロールは、それとは無関係である。単なる「評価インフレ」とは思えない。
たとえば、昨日は、トヨタ自動車が2011年度の世界生産台数を6月に公表した計画(739万台)から約30万台上積みした。下方修正ではない。上方修正である。
米国の債務不履行の危機(デフォルト)と欧州の通貨危機(ギリシャとイタリア)だけの問題ではないだろう。そこでは、冷徹な経済原則が機能している。
国際資金移動(米国の累積財政赤字と日本人が保有する金融資産額は、20兆ドルでほぼ同額)と大震災の復興需要である。どちらの圧力も、思っている以上に強烈である。具体的に例を挙げてみよう。
仙台のビジネスホテルはいま、一か月先の予約が取れない。建設・土木会社の社員が常駐しているホテルや旅館は活況にある。派生需要で、飲食業や高速バスの交通など、サービス業はなんとか持ちこたえている。
たとえば、わたしが知っている東北地方の花屋さんは、葬儀需要などもあって、まったく商売にならないわけではない。悲しいことだが、あれだけの人が亡くなったので、葬儀はいまだに続いている。これからも、お盆に向けて、行方不明者の葬儀は開かれるだろう。
節電のために、冷蔵設備への追加投資、LEDなどの照明機器。これらを、わたしは、「準備需要」と呼んでいる。もしものときの備えに対して、「安心」に投資しているのである。
良い悪いの問題ではなく、必要だから、企業や一般庶民は備えを固めるのである。消費ではなく、投資行動である。だから、そこにはさらに派生需要が生まれる。
日本人は何度となく、こうした悲惨さを乗り越えてきた。実は、関東大震災も、敗戦も戦後のオイルショックのときも、先がよく見えない、こんな雰囲気が漂っていたのではないのか。わたしたちが知らない世界ではないような気がする。
メディアが流す一般的な雰囲気を信じるのか。株式市場や為替市場の兆候を信じるのか?どちらが正しいのかは、明白である。もし、わたしの予見が正しいとしたら、それは、もしかして、テレビなどをあまり見ない効用かもしれない。
もしあなたが株式に投資しているのならば、テレビや新聞は、データ取得のための経済欄を除いて、あまり見ないようにしたほうがよいかもしれません。