「ロングセラー商品の存在価値とブランドマネジメント」(ドラフト)『チェーンストアエイジ』2011年8月1日号

 ロングセラー商品のマネジメントについて千田編集長から依頼を受けた。7月11日が締め切りだった。いつもは締切り日に原稿を書き始める。一週間前にドラフトを渡せたのは奇跡である。前半は、拙著『マーケティング入門』第8章の焼き直しだが、後半は書き下ろしである。

 
「ロングセラー商品の存在価値とブランドマネジメント」
『チェーンストアエイジ』2011年8月1日号

 ロングセラー商品として長く親しまれてきているブランドの特徴と、そのマネジメント上の秘訣を解き明かしてほしいという依頼をときどき受けることがある。会社の寿命は30年らしいので、「長く続いた」の定義を30年以上としてみる。商品の選択については、とくに客観的な基準があるわけではないので、世間一般で「ロングセラー」と思われている商品を、思いつくままに列挙してみた。
 一覧表を作成して、順不同にその特徴を短い言葉でまとめてみたのが表1である(オリジナルは、拙著『マネジメントテキスト マーケティング入門』第8章のコラム「ロングセラーブランドは、なぜ長く生き続けているのだろうか?」)。

 <ローテクの方がブランドとしては長生き!>
 このリストを見てすぐに気がつくことがある。それは、カローラを除いては、技術革新を必要とする耐久財は長生きができないことである。残りはすべて、日用雑貨、加工食品、飲料カテゴリーのブランドである。意外と思われるかもしれないが、ローテク製品が長生きなのである。技術的に優れたブランドは、例えば、ソニーやキャノンのように、商品ブランドではなく、企業ブランド(会社名を冠したブランド)であることが多い。
 世界でもっともたくさん売れている車=カローラは、その意味では例外的な存在である。実は、マンネリと安心感が共存しているのが、トヨタブランドの強さであるとも言える。トヨタ自動車の生産工程管理や品質改善へのこだわりは、グローバルに際だっている。しかし、製品のデザインや本来的な技術革新の程度で比較すれば、もしかすると、ホンダや日産、あるいは、ダイハツや富士重工のほうが優れた商品を世の中に提供してきたのかもしれない。
 まとめてみる。結論の一番目である。ハイテク分野の商品・サービスは、長寿ブランドにはなりえない。技術が持つ陳腐化と激しい競争は、長期的に持続力があるブランド構築には不向きである。大胆に予言してしまう。おそらく30年後のビジネスの世界では、マイクロソフトやヤフー、グーグルやミクシーは、いまの形では存在していないだろう。フェイスブックやグルーポンなどは、マーケティングの歴史の中では、ほんの一瞬の存在だと考えたほうがよい。

 <不断のライン拡張が長生きの秘訣> 
 非耐久消費財の分野で、長寿カテゴリーの特徴を見てみよう。表1からわかることは、食品分野で長寿ブランドが多いことである。花王メリットのように、トイレタリーや化粧品雑貨の分野で(例えば、50年以上も生き続けている「サンスター・トニックシャンプー!」)、長寿ブランドがないこともない。しかし、共通しているのは、長寿といわれる製品は、消費習慣に基礎を置いていることである。言葉を換えると、長生きの根拠は、その製品を使うことが生活に根ざしているからである。
 お酒、味噌、醤油などのカテゴリーでは、いまだに地方で生き続けているローカルブランドが少なくない。地方で元気な中小企業が作っているブランドは、このタイプの商品カテゴリーのものである。味覚に対する多様性への希求が、地方の老舗ブランドの存在を支えている。ただし、日常生活には倦怠が潜んでいる。そのために、生活者の「飽きっぽさ」を打ち破るテクニックが必要とされる。企業ができる方策は、たぶん二つの方向で考えられる。
 第一には、コアとなる商品をいつもフレッシュな状態に保つことである。製品としての鮮度を保持するそのためには、革新的な周辺技術を、適当な速度で取り入れていくことである。そのタイミングは、早すぎてもいけないし、遅すぎてもいけない。ほどよいタイミングで、時代の流れや技術革新に対応することである。ただし、変化対応には伝統を壊すくらいの革新的なスピード感がほしい。それは、ハードな技術に関しても、ソフトなブランドイメージ訴求についても同じことである。
 第二には、コア製品には手を加えずに、不断に新しい製品ラインを投入することである。食品であれば色彩や味、日用雑貨であればデザインや素材を変えることで、製品にバラエティを増やして対応する。なぜならば、コア製品をいじりすぎると、基本的なイメージが損なわれる危険があるからである。
この選択肢では、イメージ価格帯で上下どちらの方向にも拡張することが可能である。たとえば、衣料品の分野では、米国のギャップ(GAP)に対する、オールドネイビー(下方へのブランド拡張)とバナナリパブリック(上方へのブランド拡張)の関係。日本では、ユニクロに対するg.u.(ジー・ユー)の位置づけなど。あるタイミングで、コアブランドの普及版を事業展開するのが定石である。
 消費者ニーズへの対応については、ターゲットを変えるだけでなく、同じ消費者の別ニーズに対応することも選択肢としてありえる。実際に、グリコのポッキーなどは、この路線でライン拡張してきた代表的なブランドである。

 <ロングセラーブランドのマネジメントは保守的に>
 ロングセラーブランドのマネジメントについて、注意が必要である。以下は、新人マネジャーへの警鐘である。ブランドビジネスの世界でよく言われることがある。人気ブランドであればあるほど、ブランドを担当する人が変わると、マネジメントのやり方を変えたくなる動機が働く。新しく任命されたブランドマネジャーは、前任者と何らかの形で、自分流で差別化したいからである。新任マネジャーには、飛躍的に業績を上げたいという仕事上のプレッシャーもかかる。
 結果としてしばしば陥りやすい失敗は、前任者のブランド管理の方式を全面的に否定することである。場合によっては、ブランドの基本コンセプトを大幅に改変してしまう。そして、マーケティングのやり方を変えてしまう。広告に起用するタレントを変えるくらいならまだしも、ブランド連想のベースになっている色彩やボトルの形状、キャッチコピーなどに手を加えたくなる。しかし、実際にそれをやってしまうと、消費者を大いに混乱させてしまう。読者も、わたしと似たような体験をしたことがないだろうか?
 あるとき、ロングセラーブランドのシャンプーを買い求めて、ドラッグストアの棚を探していた。ちょうどそのときパッケージを変更したらしく、わたしはとうとうその製品に巡り合うことができなかった。その後に知ったことだが、ボトルの形状がより丸みを帯びて、基調色の緑がやや薄くなっていた。形状と色彩のどちらかだけの変更ならば、ど近眼のわたしにもパッケージは見つけられただろう。
 これに関連して、15年ほど前に、ネスレでゴールドブレンドを担当していた竹下佳孝氏から伺った話を紹介したい。当時、ネスレのコマーシャルは、「違いがわかる男の“ネスカフェ ゴールドブレンド”」であった。20年間も同じコピーのコマーシャルを使い続けてきたので、そろそろ変えてみたくなる誘惑に駆られていた。しかし、竹下さんが欧州本部から指示されていたことがあった。「ブランド担当者が“もういい,飽きた”と思っているくらいになって、消費者にようやくブランドが浸透しはじめる。簡単にキャッチコピーを変えるべきではない」。
 食品に関して言えば、味の変更は微妙であるらしい。ゴールドブレンドは、コピーが変わらない20年の間でも、技術革新により製法(フリーズドドライ)を何度か変えている。しかし、基本的なコーヒーの味は変えていない。正確に言えば、微妙に味を変化させているが、「ネスカフェについては、少なくとも“味を変えました”と訴求はしないようにしている」(竹下氏)。
教訓である。食に関して、消費者は極めて保守的である。コカコーラ・クラシックの失敗もある。たとえ、客観的においしくなったとしても、伝統的なロングセラーの人気ブランドであればあるほど、「味を変えました!」と言ってはいけないのである。

 <長寿ブランドといわれる商品は、海外では?>
 海外のブランドについて、長寿商品のリストを作ってみるとよいだろう。表2は、海外の商品カテゴリー別のトップブランドの表である。1925年と1985年を比較してある。現在でもその順位は、ほとんど変わっていない。
 全体として見れば、海外ブランドのほうが日本の商品ブランドより長生きである。ロングセラーブランドは、米国に多く見られる。キリンやアサヒの飲料とコカコーラやペプシコを比較してみるとよい。花王やライオンの洗剤やシャンプーに対して、P&Gや日本リーバが店頭で販売している商品の平均寿命を比べてみればよい。
 日本人と日本企業は長生きなのに、日本のメーカーブランドは相対的に見れば短命である。100年を超える老舗企業が、世界でもっとも多い国が日本である。欧州ではない。
それはなぜだろうか? その理由を考えてみるとよい。おもしろい知見が得られるはずである。解答のためのヒントは、消費者の買い物行動、流通システムの違い、市場競争の熾烈さなどである。製品そのものの特性というよりは、商品やブランドを販売するシステム的な差にその原因を求めることができる。

 表1: 代表的なロングセラーブランド

(1) 虎屋黒川老舗: 伝統と革新の共存
(2) トミー・プラレール: 親から子へ時代を超えて受け継がれる楽しさ
(3) トヨタ・カローラ: クラシックとは心地より安心感とマンネリである
(4) 大正製薬・リポビタンD: メガブランドゆえの無変化イメージ広告戦略
(5) ジョンソン&ジョンソン・バンドエイド: 画期的な新技術を拡張製品に注入
(6) 大塚製薬・ポカリスエットブランド: 密かなポジショニングチェンジ
(7) グリコ・ポッキー: おもしろ製品の連続投入、拡張ライン展開
(8) ネスレ・ゴールドブレンド: ターゲット変化に乗り遅れさせない優位性の継承
(9) サントリー・山崎: 高級感の演出と熟成を待たせる製品の作り込み
(10) 花王・メリットシャンプー: 基本的な物性の訴求とモダンな容器

 表2: 米国におけるトップブランドの変遷(1925年対1985年)
  小川孔輔(1994)『ブランド戦略の実際』日経文庫、78頁より