フラワーバレンタインのCMを見るために、(市川市)妙典駅前にあるワーナー・マイカルに行ってきた。ついでに、映画「ノルウエイの森」(村上春樹原作)を見てきた。9番スクリーンである。「ふたりデー」だったので(知らなかった!)、ひとり1000円だった。得をした気分。
JFMA事務局の和田さんも、昨日、マイカルの新百合ヶ丘で見たらしい。映画は何を見たのだろうか?ひとりだったのだろうか?わたしのように「ひとつがい」だったのだろうか?
わたしは、市川の妙典(地下鉄東西線徒歩2分)にあるマイカルでチェックした。サティの入っているビルの3Fである。スクリーンが9つもあった。
「フラワーバレンタイン」のCM放映は、映画がはじまる一番良いタイミングであった。CMはなかなか良い感じだった。ウエブバージョンのように、サウンドが入っていると、もっとよかったかもしれない。ないものねだりだったかな。
和田さんのように、ポスターには気がつかなかった。モニターにも、残念ながら放映はなかった。もっとも、こちらのほうは、わたしが学生指導の仕事が長引いて、劇場への到着時間がぎりぎりだったからなのかもしれない。
わずか15秒だったが、CM映像と「4000本の花のプレゼント」(2月14日レイトショー来場者カップルへ)のコピーを見て、なんとなくうれしかった。こんなことは、これまで自分ではあまりやっていない。でも、すばらしい体験だった。
追記である。
たまたま選んで見た映画は、「ノルウエイの森」(マツヤマケンイチ、菊池凛子主演)である。原作(村上春樹)は読んでいないが、1970年代を生きた人間としては、あんなに売れた本なのに、現実感(リアリティ)に欠ける作品だと感じた。
当時のわたしの心象風景とは、まるっきり逆だった。わたしは、死ぬではなく、どうやって生きていくかを必死で考えていた。そして、世の中に貢献できるために、自分はどのような困難を引き受けるべきかを真剣に考えていた。
そばに、ワタナベやナオコのような子はいたが、彼らのそばには寄りつきたくなかった。生きることにネガティブな空気は、もともときらいだったからだろう。若者らしく、内省をしなかったわけではない。失恋もあったが、ただ、どのうように生きていくかだけを考えていた。
村上春樹もわたしも、ヘビーなランナーだ。でも、あのころ、村上とわたしが考えていたことは、まるでちがっていたのだ。村上作品がなんとなくしっくりこない理由が、ようやくこの映像を見たわかった。
わたしには、この先も「純文学」は書けそうにない。(笑い)