戦略的撤退: そのための準備と決断(日本マクドナルドのケース)

 日本マクドナルド(原田泳幸CEO)が2月9日に、全店舗の約一割に当たる433店舗を閉鎖すると発表した。そのために「6年間我慢した」と『日経ビジネス』(2月22日号)には書かれていた。一昨年、原田CEOに、法政大学(日本SC協会主催)で講演をしていただいた。そのときの発言と今回の決定には密接な関連がある。撤退の時期を待っていたのである。


「戦略的な撤退」という言葉がある。なんらかの中止(流通サービス業の場合は「店舗閉鎖」)を決意するためには、そのためのタイミングが重要である。決断と用意周到な準備が必要である。この状況に対して、決断力と準備力という言葉をあててみたい。
 小売・サービス業であれば、赤字の店舗を閉めるには、特別損失の計上が伴う。マクドナルドの場合では、今期営業利益の46%に相当する120億円をつぎ込まなければならない。閉鎖のために余分な時間を待つことができない。一年以内の短期決戦だからである。
 ふつうの経営感覚では、撤退はそれほど容易ではない。必要なのがタイミングの選択である。結論を言うと、儲かっている状態になければ撤退はむずかしいのである。JALが破綻した理由のひつとに、赤字路線からの撤退の決定が遅れたことがあげられる。損を積み重ねていると、止血がむずかくなる。死に至るプロセスに突入するのは、黒字に転換する個別の積み重ねが放棄されたからである。

 それと対照的な事例が、日本マクドナルドである。6年前(2004年)に原田CEOが、前任者の藤田田氏(死去)から日本マクドナルドを引き継いだとき、ディスカウント路線の失敗による売上減少が続いていた。失敗の理由は、売上が欲しいための無理な店舗拡大と値引き合戦であった。不採算の原因となった過小規模店舗の出店だった。
 2004年からの3年間、原田さんの止血方法は、赤字であっても「とりあえずは店舗を閉めないこと」であった。もちろん新規の出店はすべて停止である。考え方の基本方策は、基本に立ち返ることであった(バック・ツー・ザ・ベーシックス)。価格戦略のために忘れ去られていたQSC(品質、サービス、清潔さ)を磨くこと。そのための接客の見直しし(あいさつと笑顔を取り戻すこと)とオペレーションの改善(作業工程の効率化)であった。
 清潔さ(C)には、店舗の改装を含んでいた。また、品質向上には、テキサスバーガーの導入やクオーターパウンダーの発売によるメニュー開発が含まれていた。しかし、この間、ひたすら既存店のてこ入れ以外には、新たなことには着手をしなかった。あるタイミングを待っていた。利益率の向上による内部留保の蓄積である。
 戦略シナリオのその先に、今回の不採算店の閉鎖があった。QSCの改善でため込んだ黒字をもって、不採算店の閉鎖に充てるのである。戦略的な撤退には、ふたつの準備が必要だったのである。既存店の改善という財務的な実績と徹底のための心の準備である。
 おそらく、一年以内に一割の店を閉鎖しても、全店の売上は落ちることはないだろう。既存店が10%を越えて売上を伸ばしているからである。利益率はさらに改善されて、新規の適正規模店(年50店舗)の出店で、売上は積み増しされる。大型の店であれば、メニューの開発とキッチンの作業がさらに効率化されるという読みである。
 この先、原田CEOのマックは、もっと筋肉体質になるだろ。勝ちパターンは、3年前から計画されていたことである。その実績が積み重ねられたのである。しかも、ディスカウントではなく、付加価値創造によってブランド力が向上した結果である。デフレの勝者ではなく、デフレからの脱却者第一号としての成功の道筋であった。
 
 余談である。他社には、マクドナルドの戦略的な撤退は、ある意味ではチャンスである。小さな商圏には「穴」があくことになるからである。どのチェーンがその空白を埋めるのだろうか? そのことに気がついた企業は、戦略的に新しい絵を描き始めることになる。集中戦略の影に、チャンスが生まれるのである。