岩附社長の「モノづくり文化の土台仮説」に軍配、10年後のトミーテック訪問

 2011年11月25日、タカラトミーの子会社「トミーテック」を訪問した。親会社のタカラトミーは、プラレールやリカちゃん人形などで有名なおもちゃメーカーである。本社は葛飾区立石。トミーテックは、子会社の精密鉄道模型(Nゲージ)の製造メーカーである。今回も(9月5日)、約10年ぶりで岩附美智夫社長(現在、60歳)にインタビューさせていただいた。

 

 約10年前、訪問の目的は、大学院生(岩崎邦彦くん)の卒業プロジェクト(2012年卒)のためだった。

 岩崎君の課題は、「Nゲージのような精密鉄道模型が、成長著しい中国で受け入れられるかどうか?」。中国にはすでに一定の富裕層がいた。精密鉄道模型の販売が将来伸びるかどうかは、一般の中国人に趣味としての鉄道模型が普及するかどうかにかかっていた。

 岩附社長は、インタビューの中でつぎのような推論を述べていた。わたしは、岩附社長の主張を「モノづくり文化の土台仮説」と命名した。中国の市場についての考え方を要約すると、おおよそつぎのような結論になる。中国市場(中国人の消費行動)に対する、トミーテックの岩附社長の見解は明快だった。

 この議論は、当時のブログで詳しく述べられている(https://kosuke-ogawa.com/?eid=1984#sequel)。

 

 「プラレール」のような大衆向けの一般消費財と、「TOMIX」のようなマニア向けの趣味嗜好品は、マーケティングのやり方が異なる。そもそも、「Nゲージ」のような大人向けの精巧な鉄道模型は、「モノづくりの文化」が存在していないところ(中国)では市場が生まれない。そして、マニアの消費者を育てることが難しい。

 中国の鉄道技術は、商品を作り込む技術の上には成立していない。新幹線を見ても、基本的には、他の先進国(ドイツや日本や米国)からのコピー技術で成り立っている。進出先の国に、設計・製造段階から製品を作りこむ技術があって、そのうえで消費文化が育っていく。

 ホビー文化とそれを楽しむマニア層(消費者)は、自国(中国)で製品(鉄道車両)を製造する独自の技術がないと育たない。たとえば、日本ではゼロ戦以外に航空機のホビー市場は育っていないではないか。

 中国には、日本やドイツのような「モノを作る文化」が存在していない。だから、見せびらかしのために商品を買い求める富裕層はいても、一般消費者向けの趣味嗜好品の市場を創り出すのはむずかしいのではないのか。高額品としては売れるかもしれないが、いまの中国を見ていると、この先も10年くらいは、ホビー文化が生まれそうにない。しばらくは、モノづくりの伝統が醸成される気配がないからだ。

 

 岩附社長の結論は、次のように続く。「13億人の人口を擁するからと言って、中国で大人向けの鉄道模型を販売するのはきびしい」。そのように考えを表明されていた。

 わたしは、それに対して、対立仮説を述べた。中国で経済成長が続けば、一定のホビー愛好家は生まれる可能性(確率論)がある。引用したのが、アールビーズの橋本治郎社長(当時)のつぎのような経験則だった。

  

 世界を見渡してみると、一年間でフルマラソン(42.195KM)を完走する人(ある種のマニア層)の割合は、どの国でも人口の一定比率はいるものだ。最高が1%程度(百人にひとり)で、市民ランナーが参加できるレースさえあれば、最低でも0.1%(千人にひとり)程度はいる。

 たとえば、日本国内では沖縄が最高水準で1%で、東京マラソン以来のマラソンブームにも関わらず、グローバルにみれば、日本はまだ出現率の数値は低いのだそうだ。

 ここで、「レースの開催」に対応しているのが、「経済の発展段階」である。「鉄道マニアの出現率」が、「フルマラソンの参加完走率」に対応している。国や文化が異なっても、確率的に、マニアは一定比率では出現するのである。

 とすると、中国も経済が発展してくれば、何らかの形で、「鉄道文化」は生まれるはずである。少なくとも、「乗り鉄」や「撮り鉄」は、かなりの数は市場として生まれるだろう。そして、モノづくりの文化のあるなしに関わらず、一定比率で鉄道模型のマニア層は出現する可能性が高い。

 

 <結論>

 途中の議論は、省略する。再度の訪問でインタビューして明らかになったことは、10年後の中国鉄道模型市場が、岩附社長の推論通りになっていたことである。小川ー橋本仮説(経済成長によるマニア出現の確率仮説)は、中国の鉄道模型ホビー市場では成立していなかった。

 2011年の中国精密模型市場(Nゲージ)は、推定で2千万円規模だった。2021年現在、同市場は3千万円程度で、際立った伸びて見せてはいない。この間で、中国のGDPは、2倍以上に伸びているにも関わらずにである。自国にモノづくりの文化の土台がないと、ホビー市場は成立しないということになる。データがそれを示していた。

 同様な状況は、韓国でも同じであると岩附社社長は、補足してくれた。韓国の鉄道技術は、フランスからのもので、韓国国内のメーカーは鉄道を自国で製造していない。この場合も、鉄道を自国で作るという文化の土台がないため、Nゲージのようなホビー市場は生まれていない。

 

 ちなみに、この話に入る前に1時間ほど、岩附社長と菅谷正美さん(元広報課長)に、葛飾区にタカラトミーが移転してくるまでの会社の歴史を伺った。現在の社長は三代目にあたる。おもちゃ製造メーカーとして(タカラ)トミーの会社の歴史は、別の機会で紹介したい。

 東京下町におもちゃ工場がある理由や、精密模型ようなモノづくりの文化がどのようにして生まてきたのか。その歴史的な考察は、それはそれでたいへんに興味深いものではあった。