「新興国でのブランド構築の道筋」 日経BPオンライン 12月25日号掲載

本日(12月25日)の『日経ビジネスオンライン』に、「新興国でのブランド構築の道筋」ーー「現地化」と「標準化移転」、どちらが正解か?」という対談記事が掲載されている。「日経ビジネス」の中野目記者のインタビューに、私が答える形式をとっている。5年前から取り組んでいる「アジアへのマーケティング技術の移転研究」のひとつの成果ではある。詳細については、http://business.nikkeibp.co.jp/article/pba/20081224/181217/。


リード: 米国発の金融危機を引き金にして景気の後退が世界的に広がっている。だが、そうした中でも新興国市場を開拓する重要性は薄れてはいない。低価格を武器にする企業がひしめき合う新興国。そこで日本企業が抜きん出るには、ブランドの確立が欠かせない。「それには2つの選択肢がある」。ブランドマネジメントに詳しい法政大学経営大学院の小川教授はこう指摘する。

 ブランドマネジメントの今について考えると、最も重要なトピックの1つは、アジアを中心とする新興国で日本企業がどうブランドを確立するかでしょう。

 景気後退が世界的に広がり、新興国の市場拡大にもブレーキがかかっています。ですが、将来の経済成長の主な舞台が新興国であることは間違いない。新興国におけるブランド構築は、日本企業にとって喫緊の課題です。

 では、日本企業はどうすべきなのか。日本で人気を集めている海外ブランドとそうでないブランドとの違いを考えると、そのヒントが見えてきます。

コカ・コーラとビッグスリーの違い

 米国のブランドを題材にしてみましょう。コカ・コーラやスターバックスなどが日本でも人気を集め続けている一方で、ゼネラル・モーターズ(GM)、フォード・モーター、クライスラーの「ビッグスリー」(米自動車大手)をはじめ、日本で消費者の支持を得られなかった米国ブランドは枚挙にいとまがありません。
 こうした違いが生じたのはなぜでしょうか。実はコカ・コーラやスターバックスなどの成功例には共通点があります。米国におけるビジネスモデルをそのまま持ち込んだ点です。
 コカ・コーラは、コーラやファンタ、スプライトといった商品はもとより、広告宣伝などの販促手法も米国のものを日本に“輸出”しています。
 スターバックスも、品揃えや店舗の作りは基本的に米国のものを踏襲している。このように母国のモデルをそのまま海外に展開するケースを、「標準化移転」と私は呼んでいます。
 標準化移転が成立するには、いくつかの条件があります。まずは、母国の文化を背景に持つことです。米国外のコカ・コーラのファンには、米国の文化やライフスタイルなどに対する強い憧れがある。そうした消費者の心理に訴求するため、米国流を前面に押し出しているわけです。
 もっとも、母国の文化を背負っているだけでは十分ではありません。それに加えて、競争相手がなかなか模倣できない独自性が求められます。
 例えばコカ・コーラの場合、コーラという炭酸飲料の“オリジナル”として揺るぎない地位を確立しています。
 スターバックスも、エスプレッソやカフェラテなどのイタリア流のコーヒーを提供することに加えて、顧客が自宅や職場の次に時間を過ごす「サードプレイス」としての店舗作りを推進してきました。
 従来のコーヒーチェーンとは異なるこうした独自性が、日本の消費者の目に新鮮に映った。だからこそ、急速に店舗の数を増やすことができたのです。
 国内のコーヒーチェーンの中には、スターバックスによく似た店舗を展開しているところもありますが、消費者の支持を得ているとは言い難い。スターバックスのような“本物”とは見られていないからです。
 真似のしにくい独自性があるから、強力なライバルが存在しない──。GMなどのビッグスリーは、コカ・コーラやスターバックスと同様に米国の文化を背景に持ちながら、こうした状況を作り出すことができませんでした。
 製品やビジネスモデルに独自性がないうえ、日本の輸入車市場には独メルセデス・ベンツなどの欧州メーカーが、より強靭なライバルとして立ちはだかったからです。

困難な「標準化移転」よりも「現地化」

 標準化移転は母国でのやり方をそのまま持ち込めるので、長年培ってきた強みを生かせるという利点があります。ですが、それが成立する条件を揃えるのは簡単ではありません。ですから、別の方法によってブランドを作り上げるケースが圧倒的に多い。
別の方法とは、標準化移転とは逆に、母国流へのこだわりを捨てて、現地の消費者のニーズに即した製品やサービスを開発し提供することです。これを「現地化」と呼んでいます。
 炭酸飲料では標準化移転を貫いてきたコカ・コーラも、コーヒーやお茶、スポーツ飲料などでは、現地化を採用しています。日本法人の日本人社員が中心になり、日本市場向けの製品を独自に開発・販売しているのです。
 ビッグスリーが日本で成功できなかった原因の1つは、現地化に十分に取り組まなかったことにあると見ることもできるでしょう。
 ただし、現地化にも難しい点があります。現地の消費者のニーズを的確に把握するためには当然、相応の労力を費やさなければならない。現地で採用した人材をうまく活用できるかどうかも課題になります。
 標準化移転と現地化のどちらを選ぶべきか。まずは、自社の製品やサービス、さらにビジネスモデルの特性を考慮して、適性を見極めることが必要です。

 日本におけるモデルを新興国に“輸出”して標準化移転を成立させた国内企業には、百貨店の伊勢丹や化粧品メーカーの資生堂などがあります。
 伊勢丹は、例えば若手デザイナーに売り場を提供している「解放区」を中国の店舗でも採用するなど、日本の店舗構成をそのまま海外へ持っていっている。
 資生堂も、国内と同様に海外でも、美容部員が化粧品の使い方を消費者に“指導”するコンサルティングセールスを展開しています。
 一方、現地化で海外展開を図っているのは、例えばサントリーや吉野家ですね。
 サントリーは国内で、「ザ・プレミアム・モルツ」という高価格ビールを軸に、高価格帯を開拓しています。ところが、中国・上海ではそれとは反対に低価格帯に攻め込み、現地のローカルブランドを駆逐してシェアを伸ばしている。
 吉野家の米国や中国などにある店舗に足を踏み入れると、国内とは大きく異なることに気づくでしょう。カウンター式ではなく4人掛け中心のテーブル式を採用しているからです。これは、現地の食事のスタイルに合わせたからにほかなりません。
 標準化移転と現地化のどちらを選ぶにせよ、自社のビジネスの存在価値を問い直すことが最初の一歩になります。
 かつてトヨタ自動車やホンダ、ソニー、パナソニックなどがゼロから海外でブランドを築いていったように、多くの国内企業が新興国でブランドを立ち上げて飛躍してほしいですね。
(取材構成 中野目 純一=日経ビジネスマネジメント)