カルビーのポテト事業の未来について考えたこと

 大学院のマーケティング論の授業に、カルビー(株)の伊藤秀二社長兼CEOをお迎えした。講義のテーマは、「カルビーの革新を支えるマーケティング」。正規授業の2時限目(100分)を使って、長めに講演をお願いした。伊藤社長には、昨年度まで3年間、大学院の客員教授をお引き受けいただいている。

 

 ご本人が経営学部出身ということもあり、伊藤社長の法政大学に対する愛校心には並々ならぬものを感じる。大学の建学の精神(理念=「自由と進歩」)を体現されていらっしゃる方である。

 カルビ-の人事部を巻き込んで、法政大学の理科系学部(理工学部、生命科学部、デザイン工学部)からの新卒採用という、佐野哲副学長(経営絵学部教授)からの面倒なお願いにも関与していただいている。ちなみに、文系学部からの採用については、従前から積極的になされていると伺っている。

 昨日の講義は、カルビーの経営理念と創業の歴史からはじめていただいた。第一部が、「カルビーのブランディング戦略と経営」、第二部が、「カルビーの革新とマーケティング:成長から持続可能性へ」である。最後に、学生と15分のQ&Aの時間を楽しんでお帰りになった。

 

 ご存じのように、カルビーは広島出身の会社である。北海道の美瑛町などにポテトの栽培地や工場があるので、北海道の企業と間違われることがあるらしい。しかし、広島弁を流ちょうに話す松尾ファミリーが創業家である。わたしは、3代目社長の松尾雅彦さんが亡くなる2年間に、雑誌『農業経営者』の企画で、松尾名誉会長(当時)と対談をしている。NOAFの活動で親しくなった昆編集長の仲介だった(松尾さんとの対談記録は、本ブログに(上・下)に分けて転載されている)。

 松尾家はなかなかユニークな人材を輩出している。松尾雅彦さんは亡くなる直前まで、日本の農業を支援する活動を展開していた(山形大学農学部や信州大学農学部の研究プロジェクトを、私費で支援していた)。実現はできなかったが、その独特の思想(自給自足的な経済圏の実現)は、著書『スマートテロワール』に詳しく述べられている。雅彦さんはかなりの変人で、社長時代からいわゆる真摯な社会活動家だった。

 それに対して、伊藤さんは生え抜きの社長でプロ経営者である。ファミリーのメンバーではないが、創業以来のカルビーの経営の変遷を知る稀有な社員のひとりかもしれない。株式公開を視野に入れて、松尾家が外資の「J&J」(ジョンソン・アンド・ジョンソン)からスカウトしてきた前会長の松本晃氏とコンビを組んで、のちにコーポレートスローガンになる「掘り出そう、自然の力」や経営理念を作ってきた、その当事者である。

  

 伊藤さんの講演内容を紹介しよう(PDFファイルは、大学院の授業資料で配布済み)。

 第一部では、カルビーがどのようなきっかけで、最初のヒット商品の「かっぱえびせん」(1964年発売)やポテトチップス(1975年)を発売することになったのかを話していただいた。現在の大ヒット商品「フルグラ」につながる親ブランド「グラノーラ」(1988年)や、日本ではじめてのカップ入りスナック菓子「じゃがりこ」(1995年)の誕生秘話も紹介していただいた。

 いずれにしても、カルビーの現在の成功は、戦後に誕生した日本の加工食品メーカーがすべてそうだったように、日本人の生活に貢献するという発想(栄養と健康)とモノづくりの工夫が起点になっている。いま持続可能性が社会的なテーマになっているが、そもそも、かっぱえびせんは、余剰物資(輸入小麦や廃棄されていた瀬戸内海のエビの残滓)の有効活用から生まれた商品である。

 

 後半の第二部では、カルビーの今を特徴づける「ダイバーシティ経営」などについて語られていた。女性の登用(女性管理職比率>20%)、会議をなくす運動、健康経営などに触れられていた。そして、最後のほうでは、わたしにとって驚いたことが起こった。それは、伊藤さんのプレゼン資料’(パワポ)に、わたしの名前(法政大学大学院教授 小川孔輔)を発見したことである。しかも、6年ほど前のことを、わたし自身がすっかり忘れていたからである。

 2016年5月24日、わたしはカルビーの松本晃会長(当時)からの依頼で、カルビーの戦略会議(出席者中の女性幹部比率>50%)に特別講師として招聘を受けた。ちょうど東洋経済新報社から『マクドナルド失敗の本質』(2015年)を上梓したばかりで、マクドナルドの経営の失敗に興味をもった松本会長が、わたしの著書に目をつけて幹部会議で話してほしいとのリクエストだった。

 講演のタイトルは、「失敗の本質、なぜ成功しているように見える企業が躓てしまうのか」。いまそのときに話した内容が、昨日の授業で、一枚のスライドの形で紹介されていた。当時すでに社長だった伊藤さんも、その会議(@セミナーハウスフォーリッジ)に参加していた。松本さん、伊藤さん、鎌田さん(由美子、執行役員:元JR東日本ステーションリテイリング社長)、小川で昼食を囲んだことを覚えている。

 伊藤さんは、そのときのパワポ資料をメモしていたのだろうと思う。昨日のものは、つぎのような6行のスライドだった。

 

 <企業の成長が止まるとき>(たぶん、マクドナルドの2012年~2015年の失速のことを念頭に置いて)

1 創業の精神を失っている。

2 人財への投資をしていない。

3 世の中の変化に対応できていない。

4 イノベーションが起きていない。

 そして、<企業が成長するためには>

 

 伊藤さんの昨日の結論は、わたしが指摘した1~4までの要因をどのように反転させて、第二の成長軌道へ会社をもっていくか?

 解答を示したのが、最後の20分間だった。ここでは、詳しく伊藤さんのプレゼンテーションを紹介することはやめて、わたしが感じたカルビーの未来の理想形を示してみた。というか、日本の農業を支える加工食品産業と外食・中食・食品小売業へのわたしからの期待である。

 カルビーへのリクエストは、すでに伊藤さんがプレゼンの最後で話しされていたことと重なる。

①ポテトビジネス(祖業)から飛び出して、穀物や野菜全般に加工分野を広げること。何のためかといえば、

②日本の食料自給率を高めて、日本の農業を持続可能なものにするためである。その活動に日本の食品加工メーカーは最大限の貢献をすべきこと(たとえば、カゴメ、キューピー、キッコーマン、味の素など)。

③そのとき、日本人の健康を守り、日本の自然環境(水系や土壌)に負荷をかけない栽培方法(有機・減農薬農法)を採用できる農家と提携すること(実際に、カルビーは、ホクレンと包括提携をしている)。

 カルビーとしては、海外への積極的な商品展開(現状20%程度)も考えている。以上、夢は広がるのだが、伊藤さんの話を伺っていると、10年後にカルビーは目標をかなりの程度、実現できているような気がする。フルグラは、すでに日本以外の国でのほうが需要が大きくなっている。