小川町では、芸者さん30年前には80人ほどいた。二十年間でしだい数が減って、置屋がコンパニオン派遣事務所に代わった。神楽坂では、芸者さんがいなくなると同時に「お座敷文化」は廃れてしまった。対照的なのが小川町である。小川町では、いまでも芸子さん(コンパニオンさん)を料亭や居酒屋に呼んで楽しむ「コンパニオン文化」が、実にしぶとく生き残っている。
女性たちの派遣と教育の仕組みを、昨晩、地元でコンパニオン派遣事務所を経営している大森茂さん(仮名)からお伺いした。
大森さん(51歳)は、小川町、寄居町地区のコンパニオン派遣サービスでシェア70%を誇っている最大手。隣町の東松山でコンパニオン派遣事務所を開いたのは17年前、本人34歳のとき。前職は、建築資材や塗装、看板の請負工事の会社を経営していた。開業まもなく小川町に事務所を移したのは、松山では芸者やコンパニオンを呼ぶ文化が育っていなかったからである。
「19や20歳の大学生でも、お店にコンパニオンを呼ぶ文化が小川の町にはある!」
商売でそれなりに財産を築いた旦那衆たちが小川にはいたからである。芸者遊びの伝統が、ひとびとの身体に染み付いているのが小川でる。おそろしい町である。
小川町最後の芸者、伝説の小太郎さんがいたころで、お三味線と踊りの「芸文化」は消えかかっていた。置屋とコンパニオン派遣事務所が並存していた時代である。推定で160人~180人の登録コンパニオンがいたらしい。バブルはすでにはじけかけていたが、町に派遣会社は25社。大森さんは最後発の26社目であった。コンパニオンさんを4人抱えてのスタートであった。仮に、大森事務所を「ムーンダスト」と呼んでおくことにしよう。
小川町には割烹旅館と料亭が約10件。昔からの格式が高い店もあるので、さまざまな決め事がある。それを理解しないと芸子さんは務まらない。それ以外に、居酒屋やスナックなどを含めると、飲食店が約100箇所。コンパニオンを呼んでくれるお店である。
小川町の人口は約3万8千人。町の料亭や居酒屋には、近在の都幾川村、嵐山町などからもお客が集ってくる。10~15%は、小川町以外からの客だ。それでないと商売が成り立たない。コンパニオン文化こそが、小川町の活力源である。
カラオケやスナックでは女性を雇っていない。大森さんのムーンダストから派遣されてくるコンパニオンさん(店のお客さん)が、お店では飲み物や食事を運んできてくれる。つまり、小川の居酒屋やスナックなどは、コンパニオンの派遣がないと成立しない。役割的には、旅館の仲居さんに近いところもある。
ここは、説明が必要であろう。コンパニオンの派遣業は、全国各地にある。わたしも、講演などで温泉場に行くと、コンパニオンさんがお酌にやってくる。たいていは地元の女性たちで、昼間はOLやキャディさん、地元の専門学校や大学に通う学生さんだったりする。とくに芸があるわけでもなく、短銃に時間アルバイト感覚で働いている。しごとは登録制で、基本は一日ひと座敷。3時間程度であろう。たいしたお金にはならないだろう。地方でアルバイトはむずかしいのだから、ゴルフ場や温泉場などがあるところは、かならず派遣業務需要がある。
小川町のコンパニオンは、わたしたちが知っているそうしたコンパニオン業とは性格がちがう。料亭やスナック、飲食店から、電話でご指名を受けてからその場に派遣される。もちろん、事前の宴会予約が入っていて、温泉場のような形で派遣される場合もある。大森さんは、これを「宴会需要」と呼んでいた。しかし、基本は、個人や事務所への指名派遣である。料亭や居酒屋、スナックから、2時間1万円+足代2千円の料金で、指名が入ってくる。電話は突然かかってくる。「読めないね!」と大森さんの奥さん。
2時間が「一座敷」。30分単位で2500円、延長料金がかかる。
考えてみると、わたしもしばしばいく「クイックマッサージ」の料金体系とほぼ同じである。QMは、10分間1000円である。「体のマッサージと心のマッサージのちがいですね」と言ったら、周りにいた女の子たちが爆笑した。大森さんは、苦笑していた。
わたしがキャバクラのシステムに詳しくないので、大森さんがコンパニオン派遣制と比較して、懇切丁寧に説明してくれた。小川でコンパニオンが優位に立つ理由がわかる。
「キャバクラなどとは違って、女の子を時間で占有できるデート感覚。料金的にも割安でだから、小川ではキャバクラははやらない。わざわざ遠くからでもやってくる」(大森さん)
当時180人からいたコンパニオンさんは、現在、通常登録が約50人。繁忙期には100名近くになるが、そのうちの30名(繁忙期には60名)をムーンダストが抱えている。大森さんが他社に勝てたのは、なぜなのか? 最後発であるゆえ、ナンバーワンになりたかった大森さんが、コンパニオンの教育・研修制度を開発したからである。
専門学校や短大生の女の子が、新人さんで入社する。4日間働くとD級、そして最高位のSA級まで、順次昇格していく。その間に、マスターすべき学習項目と初等・上級までの研修ステップが用意されている。5人に4人までは、新人で終わってしまう。このことについては、明日紹介する。なかなかシステムがうまくできている。(つづく)