高山(温泉郷)、郡上八幡(吉田川、盆踊り)、白川郷(世界遺産)を旅行してきた。わかったことのひとつは、岐阜県から多くの村や町の名前が消えていくことである。岐阜だけでなく、日本全国から美しい土地の名前が消えていく。
平成の大合併を誘導しているのは、保証金「100億円」(合併債)である。希少生物種が絶滅に瀕し動植物相から多様性が失われていく過程と、平成の大合併により日本中から伝統のある町村の名前が消えていくことを、同じ土俵で論ずることは感傷的すぎるだろうか?
平成17年春が、合併時限立法のタイミングである。経済不況と規制緩和(行政のスリム化という名目の民営化)が推進力となっている。確かに効率だけで考えると、行政における規模の経済性はばかにならないだろう。しかし、住民の地域に対する関与と伝統文化の維持、独立したアイデンティティの保持という観点からは、合併にともなう負の側面を真剣に考えるべきであろう。
旅行中の話である。みやげ物屋のおかみさんから、「郡上八幡町」が近くの村町と合体して「郡上市」に変わるらしいと聞かされた。清流の吉田川沿いで夜通しつづく盆踊りは、郡上八幡地区の催しになる。音相上、なんとも風情がない。市に格上げされれば、地名が持っている資産(エクイティ)は一瞬にして失なわれてしまうことになる。白川郷は、世界遺産の指定地であることあって、高山市との広域合併を拒否している。
洞戸村は、関市(武儀郡の数町村も一緒)と合併し、村の地名は消えてしまうことになっている。ところが、板取川下流の美濃市と上流の板取村は、平成の合併劇には加わらないことを村や市の議会でいち早く決議している。卓見である。板取の森林と渓流は、刃物で有名な「関市」という響きになじまない。せめて和紙のひびきに助けられる「美濃関市」であれば、もともとあった地名エクイティの一部は担保されそうである。
さて、洞戸村も合併に関して最終的な結論を出さなければならないときにきている。わたしは短期滞在者ではあるが、洞戸村の名前が持つ資産価値を考えてほしいものである