この小論は、”Diamond Home Center”(2006年2月号)から依頼された原稿である。原文が長すぎるので、削除依頼を受けている(3000字程度に削ることになる)。実際に発表されるものはもっと圧縮されたものになるはずである。
よくあることだが、短くなることで文脈が変わってしまう。本HPでは、削除前の原文をそのまま掲載させていただくことにする。日本の小売業で、いまなぜ異業種統合がはじまったのかを論じた一文である。
<M&A元年>
日本の小売・サービス業の歴史を後々に振り返ってみたとき、おそらく2005年は、「経営統合とM&A元年」と記録されるだろう。ホームセンター業界では、大手3社(ダイキ、カーマ、ホーマック)が経営統合され、「DCMJapanホールディングス」が誕生した。IYグループ企業の統合によって「セブン&アイ・ホールディングス」が生まれた途端に、今度はIYグループの傘下に、「ミレニアムリテイリング」が入ることになった。金融業界では、年明け早々にUFJ銀行と東京三菱銀行が合併している。
サービス業分野では、新興ネット企業(楽天、ライブドア)によるテレビ放送局(フジテレビ、TBS)の買収劇が昨年、マスメディアの話題を独占した。ライブドアが日本の産業界に与えた最大の社会貢献は、企業買収からアングラで胡散臭いイメージを払拭してくれたことである。「M&A」(とくに異業種他社による企業買収)は今や、若くて溌剌としたベンチャー企業家たちが演じる、傍目にも格好がよいラグビーやサッカーのような舞台劇に変わった。
伝統的な企業戦略論が教えるところによると、企業が高い成長目標を達成しようとするとき、企業内部では経営組織の再編成が行われる。そのときの第一課題は、組織内部の人材とノウハウによって成長をめざすべきか(内部成長:Internal Growth)、それとも他の組織の資源(人・モノ・知恵)を借りて成長をドライブすべきか(外部成長:External Growth)を選択することである。外部成長には、企業買収、ライセンシング、フランチャイジング、戦略提携など、多様な類型がある。経営学者の議論はさておき、実態として日本企業が活動領域を拡大してきた戦後の60年間は、自社の経営資源による市場フロンティアの拡大が主流であった。
<異業種組織間での事業提携は、愚者の戦略?>
小売サービス業の分野でも、コア業務の外部委託はごく希である。外部の資源やノウハウを活用する場合でも、物流や情報システムのアウトソーシング業務などに適用領域は限定されていた。ここでいう小売業の「コア業務」とは、商品開発、業態コンセプト設計、立地開拓、店舗運営のシステム作りなどを指している。中核的な業務に必要な成長資源はできるだけ自前で調達するというのが、従来からの小売業の基本姿勢であった。
唯一の例外は、百貨店業界である。日本の百貨店は、テナント誘致や派遣店員制度あるいはSC開発業務委託という形で、商品開発や店舗運営の一部をメーカーや不動産会社などの外部組織に移管してきた。なお、人的・資金的に成長資源に限りがあった外食産業とコンビニエンス・ストアでは、フランチャイズシステムの活用によって事業の拡大が計られてきた。内部開発できない資源を、異業種組織が機能代置する形で、戦略的な提携が推進された。具体的には、チーム・マーチャンダイジングや共同システム開発という形で、関連分野の異業種間連携が進められた。
ところが、日本の総合スーパー、ホームセンター、ドラッグストア、アパレル専門店チェーンを眺めてみると、百貨店やコンビニ業界におけるような業務提携の形は決して主流ではなかった。業務の要となる商品開発や店舗運営を他社に委ねるという発想はあまり好まれなかった。自社内で中核能力を育成してコアコンピタンスを確保することが、小売業としての競争優位を獲得する上で唯一の方式であった。換言すると、70年代から80年代に急成長した”当時の”新興小売業は、コア事業分野での異業種他社と連携や経営統合を進めることは、「愚者の戦略」であると考えていた。以上が筆者の一般的な印象である。
<競争関係が一瞬にして協力関係に転化する>
ところが、日本の小売業における戦略常識は、逆の方向に大きく旋回しはじめている。ホームセンター業界では、HC(コーナン商事)のインテリア家具売場を、垂直的には競合関係にある生活用品メーカーの「アイリスオーヤマ」が運営している(店舗ブランド名はSimpleStyle)。ヒト・モノ・カネの投入と売場の運営を、実験的な一部の店舗とはいえ、全面的に異業種の他社に委ねたわけである。自社ノウハウの弱い部分は、競争相手(ニトリや無印良品)と充分に戦える武器(商品開発機能)を持った”同志”(アイリスオーヤマ)に任せるという決断である。
事業再生中のダイエーの衣料品売場は、ファーストリテイリングに任されることになった。ダイエーに間借りするファーストリテイリングは、差別化のためにグレードアップ途上の基幹ブランド「ユニクロ」とは別の低価格ブランドを立ち上げると宣言している。一方で、売場を明け渡したダイエーは、食品部門への経営資源の集中と店舗への集客効果を同時にねらうことができる。結果次第ではあるが、ダイエーにとって取引そのものは一石二鳥である。いまや非中核事業部門となったカジュアル衣料品部門を、かつて店舗デザインで裁判沙汰になりかけた企業に明け渡したのだから、皮肉といえば皮肉な話である。
二つの事例は、かつて競争関係にあった企業同士の関係が、一夜にして相互補完的な関係に転化した事例である。競争から協調に関係性が一瞬にして変わる同様の事例は、ドラッグストア業界(マツモトキヨシがイズミのドラッグ部門を委託運営)でも起こっている。これらの事例は、従来の常識からすると、ある意味では衝撃的である。しかし、よく考えてみれば、実際はそれほど意外な結末ではないことがわかる。
<異業種経営統合の背景>
そこで、異業種他社間での経営統合が、急にはじまった理由を整理してみる。
第一の要因は、利益圧力である。日本の小売業は、慢性的な「低生産性」と「過当競争」に苦しんできた。売上高利益率が業界平均で3%以下である国は、欧米はもとよりアジアでも希少な存在である。もっとも過当競争と消費者の過剰とも言える品質へのこだわりが、外資小売業の参入を困難にしているという事実もあるにはある。しかし、オーバーストア現象は結果として低生産性につながり、株主の圧力を受ける経営者は利益圧力の出口をどこかに求めざるを得ない。その解答の一つが、欧米小売業(英国テスコが典型的)ではごくふつうに行われている内部開発のための「投資費用の削減」(マーケティング企画や商品開発活動の外部化)と部門全体(売場管理から商品調達まで)の「一括アウトソーシング」である。
二番目の要因は、成長へのドライブである。その背後にあるより本質的な駆動因は、小売りサービス業におけるグローバリゼーションの急速な進展である。国際競争の舞台に立たされた途端、日本の小売業ははじめて「規模がすべて」(大きくなければ世界で生き残ることはできない)ことを知る。衝撃的な事実認識は、主たる投資資金を海外事業の展開と企業買収に優先的に振り向けさせる。同時に、スピード経営が要求されるので、ゆったりと構えて人材を育てたり、内部開発に余裕資源を投下している余裕はない。結果として、成長のための資源は外部に求められ、従来の常識ではコア業務と考えられていた部門が、簡単にアウトソーシングされる。必要なアイデアと人材は外部から調達してくるか、他社の事業とうまく組み合わせない限り、設定された成長目標が短期間には達成できないからである。昨日までは競合関係にあったセブン&アイ・ホールディングスとミレニアムリテイリングが合併したように、異業態間で経営統合が進む理由は、吸収される側は生き残りのためであり、統合する側はグローバルな成長志向である。
三番目は、知識創造と関連した人的要因である。小売業の主要業務に必要な人材とノウハウが育つ場所は、しだいに企業内部ではなくなりつつある。ビジネススクールで教育を受けたMBAホールダーや隣接の事業部門を他社で経験した人材に、必要な知見や経験が集まる傾向が近年は見られるようなった。業界内での人材の流動化現象がこの流れを加速している。ちなみに、1950~1970年生まれの経営者に経営の主役が交代しつつあることも、聖域やタブーを持たない経営スタイルを生み出す要因になっている。若い経営者である彼らは、業界の垣根を超えて人的結合や事業提携の枠組みを躊躇無く作っていく。
<この先にどのような経営統合が起こるのか?>
最後に、統合の先に起こる事態を予測してみることにする。国内と海外に分けて論じる。
国内では、総合チェーン小売業の売場が「百貨店化する傾向」がしばらく続きそうである。魅力的な店舗を作るためには、顧客への訴求力が高い売場(性能の良い部品)を組み合わせればよい。優秀な調達源やサービス提供者が存在するのなら、もはや自前主義に拘る時代ではない。モジュールを相互にうまく繋ぎさえできれば、国内ではとりあえず「強者連合」が成立する。
そのとき、提携から外れた企業同志が手を組んで、そこでまた違う統合企業が生まれる。したがって、経営の統合は連鎖的に進行する。ただし、深刻な問題がひとつだけ起こる。メーカーや商社が商品供給や調達を担っているとき、統合後の小売業に対して、取引面では「ねじれ現象」が生じる可能性がある。実際に、7&iとミレニアムの経営統合では、伊藤忠商事がこの事態に遭遇している。ねじれ現象を解消するために、おそらくは資本関係や提携を解消することになる。その逆に、ダイエーとファーストリテイリングの関係構築のように、これまで考えても見なかった新しい提携が生まれる。
商品開発とオペレーションに関して圧倒的な優位性を持った企業は、数の上で決して多くはない。メーカー、卸売業、小売業を問わないが、競争上で優位に立てる企業は取引面で圧勝できる可能性がある。キーワードは、専門性である。統合企業の規模が大きく、組み合わせが複雑になるほど、スペシャリティが高い企業は有利である。そうした業界環境の中では一人勝ち企業が生まれ、収益格差がますます大きくなる。
海外では逆に、水平的な統合が進行するだろう。経営困難に陥る現地小売業を、日本企業が買収するケースが盛んになる。というのは、海外とくにアジアの発展途上国では、日本発の事業モデルを表面的にコピーしただけの事業形態をしばしば見かけるからである。アジアに進出した日本の小売業やメーカーの販売部門(開発部門やサービス部門を含む)は、発展途上国経済が成熟期に達した時点で、競争激化に耐えられず脱落していく現地企業を買収することになるだろう。
ところが、日本企業の中でも、グローバル経営戦略に大きな違い見られる。もちろん基礎体力に差があるからでもあるが、アジア市場で積極的に買収攻勢に打って出られる企業とそうではない国内重視の企業に分かれてしまう。海外事業の展開がスムーズに進んだときには(例えば、中国の資生堂、タイのセブン-イレブン、シンガポールの伊勢丹など)、経営規模と収益力の優位が、国内市場の競争関係に反映できる。つまり、買収などを通してアジアで勝つことができなければ、国内で生き残ることができず、卸売業やメーカーの販売部門との取引関係でも劣位に立つことになる。「統合せざるは勇なきなり」。これが正しい格言になる日が来るのだろうか?