「(株)INAX:住宅建材市場のダイレクトチャネル構築」
<リード文>
国内メーカーが中国に進出するとき、日本では実現できない事業形態を選択することが可能である。一例をあげれば、納品先の小売業者に気兼ねなく、メーカー自らが消費者に直接商品を販売することである。
中間流通が未発達な中国で、近代的な小売業の流通機能が未分化であることは、国内メーカーや商社にとって必ずしもマイナス要因ではない。新たに小売業を営むチャンスとなる。今回は、(株)INAXが中国で始めた直営小売店の新規事業を紹介する。
<伊藤忠商事との合弁で工場建設>
(株)INAXは、住宅用タイルメーカーの伊奈製陶(株)が、1985年に社名変更してできた会社である。創業は1924年(大正13年)と古く、歴史のある企業である。全国をカバーする販売拠点の他に、愛知県知多半島地区と三重県伊賀上野地区、および茨城(土浦、つくば)・北海道等に14の製造工場を持っている。製品事業部としては、タイル建材事業部(住宅建材、ビル建材、公共エクステリア、空調システム)、設備事業部(トイレ、トイレシステムなど)、住器事業部(バス、洗面、キッチン、給湯設備)の3事業部門から構成される。2003年度の売上高は2、430億円。3つの事業部がほぼ同じ事業規模を持っている。
INAX(株)の中国進出は7年前の1996年8月である。伊藤忠商事と合弁で蘇州に輸出向けの金具工場を建設した。蘇州伊奈衛生潔具有限公司である。他社と同様に、当初は低賃金と原料調達コストの低減をねらった生産工程の移転であった。単水栓と呼ばれる水道の蛇口は、国内で生産していたのでは手間がかかって高くつく。手作業が多い金具の研磨工程を中国に移すことで、コストを低減することが目的であった。
1998年2月、金具に続いて建材工場(蘇州伊奈建材有限公司)を稼働させた。現地調達した安価な土でタイルを焼くためである。折しも上海地区では住宅ブームが起こっていたので、輸出向け商品の販路の一部を中国国内に求めることができた。製品の質が高かったこともあり、テスト販売は順調であった。続いて同じく蘇州に衛生陶器を生産する蘇州伊奈陶瓷有限公司を2002年10月に稼動し、最後のシャワートイレ工場は、アイシン精機との合弁で2002年10月に稼働をはじめた(杭州愛信伊奈機電有限公司)。杭州の工場(2001年7月竣工)は中国の市場を作りながら日本向けを中心にした製品生産である。
<中国事業を本格展開するため、投資会社を設立>
工場建設にめどが立った2002年2月、4つの工場に出資する投資会社・伊奈(中国)投資有限公司が設立された。この投資会社を通して、36億円を中国事業に投じることになった。INAXの「2005年VISION」によれば、海外事業は100億円の目標が設定されている。そのうちの60~70%が中国事業である。日本向け70%に対して、国内で30%を販売することが計画されている。
2年後に中国市場で20~30億円を達成するには、商品を販売する仕組みが必要である。中国工場がなかった90年代後半に、日本から製品を輸出してトイレなどを持ち込んて販売してみた。ところが、TOTO(日本)やKOHLRER(米国)などの先発メーカーと比べると、後発のINAXは知名度が低く、代理店を使った販売方式では苦戦を強いられることになった。2000年までは赤字の状態が続いていた。
INAXの商品がなかなか市場に浸透していけないのは、プレミアム市場でTOTOやKOHLERのプレゼンスが圧倒的に高かったからである。高層ビルや高級ホテルに入ると、一番に目立つのはTOTO社の便器である。高級飲食店でも、衛生便器はTOTOやKOHLERのロゴマークはついていることが多い。上海などの都市部で外資系のホテル建設が進み始めた90年代前半に、TOTOはいち早くブームに乗ってトップブランドの地位を築いた。「アメリカン・スタンダード」?が定着したことで、90年代後半のマンション建設ブームでも、同社は主導的な地位を獲得することができたのである。
TOTOの進出の方が早く、トッププランドである
<代理店販売から直営店経営に政策転換>
2001年7月、取締役住器事業部長だった長坂泰郎氏が中国事業の総括責任者として赴任してきた(赴任当初は、蘇州伊奈建材有限公司と蘇州伊奈衛生潔具有限公司の董事長)。董事長として長坂が最初に取り組んだのは、劣勢だった中国市場の販売チャネルを見直すことであった。
長坂の判断によれば、INAXの強みは、(1)製品の独自性と製造技術、(2)住まいのトータルコーディネートを可能にする商品群を総合的に品揃えしていること、である。中国市場でも、二つのアドバンテージは有効であると長坂は考えていた。シャワートイレの工場が完成すれば、中国でもフルラインでの商品供給が可能になる。
「中国は小康社会(ミドルクラス)の建設を目指している。住宅建設ブームが本格的に始まれば、華東市場は1億数千万人の大きな市場であり、これまでの販売戦略を転換すれば、後発の遅れを取り戻すことが不可能ではないでしょう」(長坂氏)
INAXの技術的な優位性は市場でも評価されている。センサー付きの一体型シャワートイレは、価格が30万円である。決して安くはない商品であるが、それが上海地区だけで月間20台は売れている。ワンランク下でセット価格が6万円のシート型シャワートイレは、年間換算で千数百台出始めた。シャワートイレなど、プレミアム商品の販売が上向きに変わったのは、販売方法を代理店依存から直営店方式に変えたからである。
磨きタイルを販売している「CIMIC」(台湾系資本)の事例が長坂にとっては参考になった。中国全土に80店舗を展開する同社は、代理店方式を止めたおかげで安売り競争から逃れることができた。また、直営店を持つことで消費者に直接、商品説明ができる。CIMICの販売方法をヒントに長坂が考えたマーケティング戦略は、「建材商城」と呼ばれる都市型ショッピングモール内に直営店を展開することであった。
<上海市民の住宅取得事情>
上海市内には、大小約20カ所の建材商城がある。喩えて言えば、秋葉原の電気街やカッパ橋の道具街を想像していただくとよい。上海と日本の違いは、専門店街で店舗が地面を横に広がっているか、高層ビルの中を縦に伸びているかの差である。建材商城は大型の専門店ビルである。「電気商城」や「宝石商城」なども、しばしばビルの複合体になっている。建材商城の中には、住宅関連の商品を揃えた数百のショップが入居している。それぞれがバスタブやトイレを専門に取り扱っているショップで、照明やインテリア用品なども豊富に品揃えされている。
建材商城が成立するのは、中国独特の住宅取得事情がある。新規に住宅を購入する上海市民は、約30%が内装付きでマンションを購入するが、残りの70%は「どんがら」(躯体のみ)でマンションを購入する。したがって、契約後に内装を自分たちで決めなければならない。
「こうした商習慣は、中国人が案外と見栄っ張りで、住宅設備やインテリアを他人と同じくしたくないということが理由のようです」(長坂氏)
上海地区の平均的なマンションは床面積が70~80㎡。内装無しの住宅価格は、約700万円である。新規購入者は内装に約300万円を投じることになるが、その際に、家族総出で建材商城を訪れることになる。日本と違って、建材メーカーが消費者に直接商品を売ることができるのである。
INAXは中国進出当初、建材商城内にショップを展開する代理店に販売を任せていた。例えば、商城内にはTOTOやKOHLERの販売代理店も店舗を構えている。したがって、内装を決めるために建材商城を訪問してくる消費者が知名度の少ないINAXの製品を購入することには繋がらない。とくに、優れた製品技術があっても、後発の下位メーカーには代理店制度は不利である。
そこで長坂氏は、2002年頃から上海地区で商城内に直営店を展開することを始めた。折からの建設ブームで、上海市場の将来は明るい。住宅取得世代は、若くて夫婦共働きのダブルインカム家族である。現在、蘇州に1カ所、上海市内に7カ所の建材商城内に直営店を展開している。筆者が訪れた直営店は、売り場が約200㎡。商品説明を担当する売り子さんは3人であった。売り子さんは全て伊奈(中国)投資有限公司の社員である。伊勢丹上海で見たように、販売員の立ち居振る舞いはすばらしかった。同じ商城内の他店舗と比べて、店の雰囲気も置いてある商品も群を抜いて高級感がある。
「2005年VISIONの目標達成にあわせて、2年以内には直営店を20カ所に増やしていきたいですね、一店舗当たり月500万円が販売目標です」(長坂氏)。