【柴又日誌】#244:12回目の「結婚誕生日」

柴又日誌

 昨日は、同居している息子夫婦の12回目の「結婚誕生日」だった。結婚記念日のことを「結婚誕生日」と呼んだのは、いまは小学校5年生になった穂高くんである。可愛らしい呼び方だと思って、わが夫婦は顔を見合わせて笑ったものだ。穂高が幼稚園に通っていたときのことである。
 息子たち家族と同居するようになって、今年(10月30日)で満8年になる。穂高くんの発言は、津田沼の社宅から下町に引っ越してきた直後だったはずである。いろんな言葉を覚え始めるころだったから、大人からすると、「子供らしい造語」や「言いまちがい」などが出てきて楽しかった。
 昨春に4年生に進級した穂高くんは、小学校の少年野球チームでプレイするようになっている。レギュラーを狙う位置にあるらしく、毎日が野球漬けである。体格もがっちりしてきて、あれよあれよという間に、わたしたちは身長で孫たちに追い抜かされかけている。
 
 昨夜は、かみさんからの提案で、夕方から息子たち夫婦のために「結婚誕生日会」を企画した。ところが、わが息子の真継くんは仕事ができたらしく、「手巻き寿司パーティー」には欠席することになった。その埋め合わせではないが、義娘のあずちゃんのために、わたしは結婚記念日用のブーケを「Hana-to-Midori」さんで造ってもらうことにした。
 午前中に、高砂駅の南口まで走って行ったが、いつも花束を創ってくれる親父さんは不在だった。「お昼になったら、(旦那は)出てきますよ」と奥様の返事。本日の結婚記念日の事情を話して、午後から出てくる旦那さんにブーケの製作をお願いした。「小さくて可愛らしいのを、3千円で」と伝言して一旦は退去した。
 自宅に帰って、前日に残していた仕事を片付けた。午後4時過ぎに、再びブーケを取りに花屋さんに行った。実はわたしの誕生日が、2週間前の10月23日だった。アズちゃんが、思いもかけずに、わたしの75歳の誕生日に花束を用意してくれた。昨日のブーケは、その返礼のつもりでもあった。

 冒頭のキャッチ画面が、昨日の花束である。「花と緑さん」の店舗まで戻ったが、またしても親父さんは不在だった。ブーケだけを奥様から手渡してもらった。注文した通りに、作品は可愛らしいきれいな花束に仕上がっていた。デザインがふたりの記念日にフィットしている。親父さんが、息子たち夫婦のことを知っているからだろう。
 ちなみに、3千円の花束にしては豪華すぎるくらいの内容だった。オールドローズ、カーネーション、デスパットマム、ケイトウ。中でも珍しいのは、リューカデンドロン(ニュージーランド産ではないかな?)。ブーケの一番奥にセットされている葉っぱで、奥さんに品種を尋ねたところ、「アヨバ チェリーパール」という名前だった。
 夕食前に、アズちゃんにブーケを手渡した。穂高と一緒に写真に収まったが、妹の夏穂はなぜかご機嫌斜めだった。午後の芋掘りで、疲れていたのかもしれない。このシーズンは運動会やら発表会で子供たちは忙しそうだ。学校行事や学習で遠出もたくさんある。小学2年生の体力では、ハードスケジュールについていけないのだろう。
 それにしても、ふたりの孫たちは、どんどん成長して行く。頼もしい限りだ。わたしたち夫婦は、それと逆比例するように、年老いていく。自然の摂理だろう。

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