友人が経営トップ(服部正太氏)の「構造計画研究所」(東証1部スタンダード上場)の創業70周年記念パーティーの講演会で、お土産で頂いた本だった。
著者の酒井先生(東京大学教授)ご本人の講演を聞いて、帰宅してから翌日に読んでみた。タイトルが意味しているのは、なぜAIが人間の脳を破壊するのか?である。より詳しいロジックを知りたかった。
結論を言えば、昨日、2度ほど繰り返して読み直したので、講演会で聞いたときよりは少しだけ頭が整理された。しかし、完全にロジックがクリアになったとは言えなかった。したがって、★の評価は4点である。酒井先生は頭が良すぎるのか、部分的に説明がやや飛んでしまっている。
本書のエッセンスは、おそらく次のようになるのだろう。
人間の脳の構造は、進化の過程で起こった突然変異で一変したようだ。わたしたち人類は、ある日突然、脳内に「言語野」(言語を操るメカニズム)を獲得したらしい。言葉を操ることができるのは、人間にしかない機能である。もっとも動物や鳥類にも言葉が理解できるらしいが、シグナルとしての知覚と言語を思考プロセスとして操ることは、また別の話なのだろう。
本書の中での具体的な記述(読書の推奨=紙の本を読むことが脳を鍛える)を引用してみる(P.30-31)。*注)の括弧の中は、わたしの解釈の補足。
(人間は)まず文字を見ると、その視覚情報は脳の視覚野に入り、次に音声の情報に変換された後、「音韻・語彙・文法・理解」の4つの領域に分かれた左脳の言語野で処理されます。具体的には、膨大な語彙の記憶(言葉のデータベース)の中から音韻にあった語彙(単語=言葉)が選択され、さらに「てにをは」などの文法要素(主語・目的語・動詞の識別)に従って、句や文の構造が作られます。これが表面化して概念や意図と結びつき、意味のある文章(知覚対象となる世界像)として理解されます。この時、足りない情報が「想像力」で補われることになります。
情報の不足と想像力の役割が、この場合は重要なポイントである。
脳内の言語野へのインプットとしては、「文字・音声・映像」の3つがあるが、文字から映像の順番に情報量が多くなる。われわれが読書のために使う文字は、音声や映像より情報量が少ないので、足りない部分を「想像力」(言葉以外の直感や推論、イメージ)で補う必要が出てくる。
これは、各人が「自分の言葉で考える」ということである。また、文字は消えてしまわないので、繰り返して接触することができる(読み直すことができる=再度の遡及性)という特性がある。音声や映像は消えてしまうので、基本的には反復利用には向かない。
その結果、文字のように「適度に少ない情報の入力(インプット)」を想像力を働かせて補うことと、「豊富な情報の出力(アウトプット)」を生むように、適切な表現によって想像力を働かせることが、脳を創る(鍛える)上で効果的であることがわかる(P.34)。また、アウトプットは、メール(文字)だけでのコミュニケーションよりも、対面での会話(身振り手振りなどの付帯情報が加わる)の方が、脳の働きを促すことが容易にわかるだろう。
読書が脳の働きを促すことは、容易に理解できるだろう。本書ではさらに、情報媒体としての「紙の本」と「電子書籍」の優劣についても書かれている。電子書籍には、紙の本が持っている機能が欠如している。たとえば、紙で本を読むときの一覧性(俯瞰してみる機能)や位置情報(頁めくりができることによる手がかり)の機能を電子書籍は持ち合わせていない。
電子版の新聞が読みにくのは、一覧性が欠如しているからである。短時間で必要な情報をピックアップするためには新聞を開いて見ることが、とても効率的である。われわれはそのことを経験的に知っている。筆者は最近になって、一旦電子版で読むようになった新聞購読を再度、紙媒体に戻している。
紙の本を読むことが脳にとって効果的なのは、相対的に情報が少ない対象(書籍のコンテンツ)に繰り返して取り組む(同じ本を読む)ことをしているからである。脳を鍛えるプロセスでは、不足している情報を自らが想像力で補うことになる。その結果、われわれは期せずして創造的な「発想の飛躍」が体験できる。もっとも、本人はそのことを意識していないかもしれないが。
AIの欠陥については、あえて評者が指摘するまでもないだろう。
基本的に、AIが有効な領域は創造的な作業ではない。過去のデータに基づいて効率よく作業する場合だからである。だから、クリエイティブな構想力が必要とされる仕事には、AIは決定的に向いていない。それでも使っているのは、使い方を間違えているからだろう。いずれは、そのことに皆が気づくことになるにちがいない。
何でもAIに依存することは害になることが、これで明確になる。自身がわからないことに瞬時に解答を得ることできるので、深く考えることや物事の先を想像するプロセスがスキップされる。なぜなら、これまで経験がない場面での創造的な思考プロセスは、われわれ人間にとって厳しい試練になる。できれば避けてやり過ごしたい。
だから、そうした厳しい場面に遭遇したわれわれは、安直な答えにすがろうとする。しかし、自分で考えないこと(脳を休ませてしまう)ことで、長期的には脳の働きが劣化してしまう。知らないうちに、脳の鍛錬を怠ってきた人間たちからは、AIが仕事の創造性と将来に向けての予測力を奪ってしまう。
人間に固有でかつ大切なクリエイティビティが、AIに依存することで失われる。
教育の現場にAIを持ち込むことは、反復学習の辛さを楽しみ(=知的成果)に変えるはずの「教育=脳の鍛錬過程」をスキップさせる。そのことで、人間に本来的に備わっている言語機能を駆使する高度な能力が劣化することになる。著者の酒井先生がもっとも言いたかった点が、教育現場でのAI使用禁止の主張である。
ところで、わたしは「紙の新聞はいずれなくなってしまう」と予言していた。しかし、いまは宗旨替えを考えている。紙の情報媒体は、文字情報の処理にとってはかなり有効なのである。電子媒体やAI脳への依存によって、人間は創造性を失ってしまう。そうならないためにも、紙の情報媒体(本と新聞)は残すべきだと信じるようになった次第である。
なお、余計なコメントかもしれないが、第2部の対談は読まなくても、第1部だけでもこの本のエッセンスは理解できるように思う。


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