【東京マラソン2026】フルマラソンは昨年で卒業。本日は、劇団四季のミュージカル「はじまりの樹の神話」を観劇することに。

 本日は、東京マラソン2026の日。東京都内の主要道路が交通規制される。2007年から15年連続(エリートマラソンの年を除く)で東京マラソンを走ってきた。しかし、寄る年波には抵抗しようがなかった。関門タイムぎりぎり(6時間20分)で、昨年は皇居前にゴールした。50回目のフルマラソンで区切りがいいこともあり、昨年で東京マラソンとフルマラソンを同時に卒業することにした。
 
 秋口に、大塚製薬のTさんから、「東京マラソン、先生のために枠を用意してありますが。来年はどうなさいます?」と電話がかかってきた。「2025年で卒業します」と、一瞬の躊躇もなく、不思議なくらいに未練なく卒業を決断した。
 思えば、1994年のホノルルから始まり50回目のフルマラソンの完走だった。途中棄権が二回(JAL千歳国際マラソンと河口湖マラソン)あったが、その後は、50回もフルを完走できた。抽選が当たって走ったのが4回。10万円を支払って特別枠で走ったのが4回。残りは、大塚製薬やローソンの企業枠で走らせてもらった。
 
 青山フラワーマーケットの井上社長、クスリのアオキの青木社長(当時は専務?)、第一回大会から何度か一緒に走った小林さん。そして、大学院たち(林さん、頼くんんなど)。これまで参加した15回の東京マラソンでは、かみさんや秘書のちなみ、さらには花畑さんや田沢くんなど、大学院院生やたくさんの元学生に応援をしてもらった。
 一緒に走ったランナーたちも数知れず(東京の1回開催につき、いまや世界中から約3万9千人)。もう充分だろう。それとこの頃は体力の衰えもあり、東京の街を走る感動が薄れていくのを、なんとなく感じるようになった。
 2007年の第一回大会はスタートの感激が半端でなかった。そんな東京マラソンだったが、数年前から沿道からの応援も何となく寂しくなった。2020年からコロナの影響なのだろう。沿道の声援とフードや飴玉での手渡し風景がずいぶんと静かになってしまった。というわけで、2025年で走ることを辞めてしまった。

 時刻は9時35分。ランナーたちは、もうスタートしているだろう。本日は、わたしの代わりに青森から上京した吉川純君(元大学院生)が、「3時間半切り」を目指して走っている。
 わたしは、13時に、浜松町の劇団四季「自由劇場」でミュージカルを観劇する予定だ。演目は、「はじまりの樹の神話」。孫の夏穂と次男の嫁の梓と、電車で一緒に浜松町まで出かける予定だ。マラソンのスタート9時ジャスト(車いすから順にスタート)。ミュージカルの開演時刻は、62歳のときに「サブ4」を達成したちょうどのタイミングになる。
 がんばれ!ランナーたち。今年初めて東京に出場する吉川くんのようなランナーは多いだろうな。第一回大会で、当時東京都知事だった石原慎太郎が、スターターだった。忘れもしない。Aブロックからスタート。走り始めたころは、しとしとの小雨だった。
 紙吹雪が舞ってスタート。ゴールタイムは、4時間25分。寒さで震えて、何度も途中でトイレ休憩を入れた。タイムが10分以上オーバーしたが、第一回大会は、ほんとうに感激のレースだった。

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