【柴又日誌】#232:タラレバの話、日本放送協会のラジオ番組出演料(1992年4月13日)

柴又日誌

 今朝方、インスタグラムに投稿した同じ写真とコメントです。なつかしい支払調書ができてきました。1992年の春に、NHKのラジオ番組「ふれあいラジオパーティー」に出演したときのものです。番組のタイトルが、いかにも全国放送でローカル(田舎)に強いNHK的でした(今では死語に近い「ふれあい✕✕✕✕」)。インスタグラムに投稿したコメントを、以下ではそのままコピーして貼り付けることにします(https://www.instagram.com/p/DVPUFknk2eQ/?img_index=1)。 
 
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 千葉に残してきた旧宅を売却するため、片付けをしています。昔の領収書なども処分しています。片付けの途中で懐かしい支払調書が出てきました。日本放送協会から支払われた、ラジオ番組への謝金の支払い調書でした。「ふれあいラジオパーティー」という生番組で、「花戦線,異常あり」というプログラム。
 一週間、渋谷のホテルに泊まり込みで、企画段階から番組の収録に協力しました。担当のプロデューサーは、柴田陽平さん。このあとすぐに病気で亡くなられました。NHKには優秀な企画編集系の社員がいらっしゃいました。しかし、いまどうでしょうかね。偏向報道が多いと、世間では問題視されているようです。
 
 1992年4月13日の支払いになっています。金額は、112,050円と33,750円。5日分です。30年以上前ですが、今も出演料はあまり変わっていないのでは? その後、NHKテレビや日テレ、テレ東にも出演しました。しかし,研究室の秘書さんたちには、電話が来たら、メディア出演は即お断りをと伝えました。
 顔バレと失言に配慮してのことです。同時期に、田嶋陽子教授がテレビ番組にデビュー。あれはまずいなと思い、自分は以後の出演はお断りすることにしました。柴田陽平さんからは、「先生は小顔だから、テレビ向きですよ!」とヨイショされました。その後、わが大学院のゼミにはメディアから勉強に来た社員が増えました。
 
 後に大学教授に転身した岩崎達也さん(日テレのディレクター、現在は関東学院大学教授)や八塩圭子さん(元テレ東アナウンサー、現在は東洋学園大学教授)など。あの時、メディアに吸い込まれていたら、たくさんの書籍(54冊)と研究業績(約200本の論文と論考)を残すことはできなかったと思います。
 ただし,もう少しお金持ちになれたかもしれませんね。そして、たくさんの大学教授や起業家、弟子たちが生まれ出ることがなかったかも知れません。#日本放送協会(NHK)

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