一昨日の11月4日(火)、わさび栽培発祥の地「有東木(うとうぎ)」を訪問した。静岡駅から安倍川沿いを北方向に車を走らせて約1時間、山間の渓谷沿いにわさび田がぽつんぽつんと現れてくる。山沿いのもっと奥の場所、標高600メートルの沢沿いに、訪問先の有東木の部落があった。有東木は60戸の集落で、そのうち20軒がわさびを栽培している。過疎地の村ゆえに、ご多分に漏れず高齢化が進んでいる。
有東木には、徳川家康が拓いたと言われる日本最古のわさび田がある。日本原産の山葵(わさび)は、和食に欠かせない香辛料(スパイス)だ。江戸時代の初め(慶長年間、1604年)にわさびの栽培を始めた農家の第17代目当主、白鳥義彦氏(60歳)は、「株式会社わさび門前」の代表取締役社長である。
わたしたちツアー参加者3人(小川、戸高、小堀)は、料理研究家の山本朝子先生が組織する「世界農業遺産ツアー」(全国各地で開催)で、今回(11月4日と5日)は、静岡市葵区の有東木(初日)と掛川市東山の「茶草場農法」(2日目)を視察することになった。
ツアーガイドの山田幸一さん(旅ノ宿)の案内で、有東木では「わさびの収穫体験」と「白鳥社長へのインタビュー」を実施することができた。他の場所ではなかなか経験ができないような、興味深い取材ができた。
以下は、白鳥さんのインタビューを、わたしが簡単なメモにして整理したものである。立ち話での取材メモなので、聞き取れない会話や聞き間違いのデータなど、不正確なところがあるかもしれない。あくまでも参考データということで、ご容赦いただきたい。
まず、わたしが持っている事前知識からの思い込みはかなり間違っていた。
有東木の農家は、昔ながらの自然な環境の下で、ごく小さな面積でわさびを栽培していると予想していた。ところが、白鳥社長の「わさび門前」が株式会社形態で運営されているのに驚かされた。また、わさびの集荷・流通についても、わたしの想定と実際は大きくちがっていた。
白鳥さんは、自らがわさびの栽培者であると同時に、高齢化などで栽培ができなくなった農家からわさび田を借り受け、わさびを栽培していた。また、苗の植え付けや収穫作業の一部を、農家から任されているケースもあるようだった。わさび門前は、有東木というわさびの産地で、米作りの場合で言う「オペレーター」の役割を担っていたのである。
白鳥さんの会社は、わたしが思っていたより取扱量が大きかった。年間の収穫量は約9トン(2024年実績)。自社栽培のわさびは6.5トン。残りの2.5トンは、農協出荷をやめた農家から買い取ったわさびである。
そうしたわさびの全量を、自社の流通ルート(ネット販売など)で、割烹や高級すし店、レストランなどの最終需要者に販売している。顧客にはダイレクトに販売しており、販売経路として卸市場は通していなかった。わさび門前は、わさびの一部を委託生産したり、場合によっては農家から買い取りも行う「集荷卸売業」を営んでいる生産者だった。
インタビューで教えてもらったデータから、白鳥さんのわさび栽培の概要を整理してみる。
「わさび門前」のわさび栽培は、有東木の他に、山を越えた隣県の山梨県や静岡市清水区など、全部で13カ所で行われている。有東木からは距離が離れているので、一週間に一度くらいの頻度で、分散したわさび田までは車で巡回しているとのこと。
栽培方法は、沢から流れてくる湧き水(14℃~16℃)を使った伝統的な石畳式である。見たところは、栽培の仕方として特別な様子は見られなかった。品種は赤系の「真妻」ではなく、海外輸出に向いていると言われる「青系」のわさび(正緑?)である。
実生苗で栽培することもあるらしいが、基本的には自家品種であっても、メリクロン苗を使用している。メリクロン苗は、ミヨシ種苗(友人の三好正一社長)から供給を受けている様子だった(「ミヨシアグリテック」のわさびのメリクロン苗は、世界シェアが50%を超えているはずである)。
植え付けた苗から収穫までは約2年。わたしたちが収穫体験の時に、砂地から引き抜いたわさびの根茎は、5cmから10cmのサイズだった。実際にネットで販売されているわさびの根茎は、もう少しサイズが大きいかもしれない(要確認)。
わさび門前の総栽培面積は、1.3ヘクタール。収穫量は年間9トンとのことだった。そのうちの約3割弱(約2.5トン)が海外向けだった。とくに韓国向けの輸出量(約1.5トン)が大きく、ソウル市内での同社のシェアは推定50%である。その他は、スペインなど欧米向けである(約1トン)。
輸出向けの価格は、1.5~1.8万円(/kg)とのこと。この価格データにはちょっと驚いた。国内の卸市場(豊洲市場や大田市場)では、青系のわさびは5千円~1万円(/kg)で取引されていたからだ(2023年ごろ)。有東木が産地ブランドになっているからなのだろうか? コロナの時には、わさびの値段が大暴落していた(3千円/kg)。それが、いまでは海外でも高値で取引されている証なのだろう。
有東木でも、かつては農協に出荷したわさびを卸市場で販売していたようだった。白鳥さんによると、現在は全量を最終需要者に直売している。相当量をネットで販売しているので、口コミで注文が増えている様子だった。白鳥社長からは、販売面での問題点を聞くことがほとんどなかった。
課題があるとすれば、わさび栽培に取り組む研修生の将来についての心配だろう。白鳥さんはいま、3人の研修生を預かっている。将来的に研修生を独立させてあげるためには、新たにわさび田を探してあげる必要がある。また、栽培規模が小さいと収益面で厳しそうではある。これが悩みのタネのようだった。
<結語>
ヒアリングしたデータが正しいとすると、「株式会社わさび門前」の年商は、約1億3500万円(1.5万円×9000kg)と推定できる。基本的に、石畳式のわさび栽培は無農薬・無施肥である。
営農に掛かるコストは、わさび栽培(植え付け、収穫、わさび田の保守作業)のための人件費と出荷作業、ネット販売のためのシステム費用とメリクロン苗の購入代金だけである(トラックの償却費やガソリン代、湧水の水質確保のためのメンテナンス費用などは多少はかかるだろうが)。
仕入れの部分(2.5トン)の原価を除けば、研修生とパートさんの労賃以外は、家族労働で賄うことができる。現状のような高価格が維持できて、わさび田の保全と栽培場所(面積)が確保できさえすれば、高収益が保証される。気候変動(水害)や獣害のリスクはあるが、おもしろいビジネスではある。


コメント