【巻頭言】「バレンタイン文化の変容:14年目のフラワーバレンタイン」『JFMAニュース』2024年2月20日号

「フラワーバレンタイン」のイベントプロモーションが始まって14年目になりました。都内の花店を巡回してきましたが、今年のイベントは静かに終わったようです。小川典子さん(「花の国日本協議会」事務局)のコラムが「読売新聞」に掲載されていました。それ以外は、近所の花屋さんの店頭も落ち着いていました。
 
  
「バレンタイン文化の変容:14年目のフラワーバレンタイン」
『JFMAニュース』2024年2月20日号
 文・小川孔輔(JFMA会長、法政大学名誉教授)
  
 2月14日は、聖バレンタインの日でした。欧米のバレンタインデーは、日頃の感謝を込めて、男性から女性に花を贈る日です。14年前(2011年)に、JFMAが音頭をとって、その後は「花の国日本協議会」が「フラワーバレンタイン」の行事をプロモーションするようになりました。花き市場を活性化するために、新しい物日を作ることと、男性が花を買う文化を創ることが目的でした。
 ご存知のように、1958年に「Mary’s」(メリー・チョコレート)が日本にバレンタイン文化をもたらしました。神戸のチョコレートメーカーが仕掛けた文化移転の手法は巧妙でした。①贈る相手を女性から男性へ反転させ、②贈る対象を花からチョコに変え、③伝えるメッセージを日頃の感謝から愛の告白に置き換えました。
 こうして、日本独自の「チョコレートバレンタイン文化」が誕生しました。メリーチョコのホームページ(www.mary.co.jp)で確認すると、チョコバレンタインのイベントも、10年~20年ごとに変容していることがわかります。
 
 1980年代に入ると、周囲の男性にチョコレートを贈る「義理チョコ文化」が生まれました。ネーミングも秀逸でしたが、何よりも「買上点数を増やす」ことにチョコレート業界が成功しました。2000年代には、バレンタインチョコに「自分へのご褒美」というカテゴリーが加わりました。おかげで高級なチョコが売れるようになりました。なお、最近では、手作りチョコが全盛のようです。バレンタインの数日前に100円ショップに買い物に出かけたわが相方は、材料のチョコや抜き型が売り場に山積みだったと驚いていました。
 長々とバレンタインチョコの歴史を紹介したのは、フラワーバレンタインを始めてから来年で15年目になるからです。チョコレートの業界では、66年の歴史の中で、マーケティングの方法と贈り方の提案を3度ほど変えています。
 フラワーバレンタインでも、コンセプトやプロモーションのやり方を、社会の変化に合わせてマイナーチェンジすべきタイミングなのではないかと思います。バレンタインの日に、5年ぶりで都内の7店舗を巡って店頭の様子を観察してきたのは、その確認のためでした。
 成長する経済と若者人口の増加を前提にしたバレンタインは、高い熱量の行事でした。しかし、コロナを境に日本人の生活様式や価値観は変化しました。昨今では、諸物価も高騰しています。花の値段も、一時期に比べて2割ほど値上がりしています。女性の社会進出で、花という贈り物に込められたシンボリックなメッセージの意味を見直す兆しもあります。
 
 バレンタインの日に、大田花き花の生活研究所の内藤育子さん(JFMA理事)からLINEにメッセージが届きました。「先生のおっしゃる通り、(バレンタイン文化は)転換期を迎えていて、バレンタインも日本では愛を告白する文化では無くなりつつあるように思います」。となると、贈る相手や贈り方、花の種類をどのようにすべきかを考え直すべきなのかも知れません。
 そんなことを考えながら、山手線をぐるりと回って、都内の花店チェーンと下町のフラワーショップを巡回訪問してきました。実際に起こっていることについては、小川の観察記録をご覧ください(https://kosuke-ogawa.com/?eid=6304#sequel)。