【柴又日誌】#161:まもなく雪が降り始めます。

時刻は、午前11時30分。駅前まで歩いて、ワイシャツをクリーニングに出してきた。風はほとんど吹いていない。それでも、手のひらがかじかんで痺れるくらい底冷えのする外気だ。スマホでローカルの天気予報を覗くと、「(葛飾区は)まもなく雪が降り始めます」と表示されている。

 

 いまの気温は、4℃前後。午後には、気温が2℃まで下がるらしい。東京の上空は氷点下だろうから、お昼過ぎには、しとしとの雨がぱらぱらの雪に変わるだろう。南関東全域も東京下町も、初雪になりそうだ。

 高校3年生まで、秋田で暮らしていた。あのころは、12月中旬から2月末までの2か月半は、ほとんど青い空を見ることがなかった。上空200~300メートルまで灰色の雲が垂れ込めて、太陽が姿を現すのは3月に入ってからだった。

 冬の間、どこの家庭でも洗濯物は「部屋干し」になった。経費を節約するため、夜中に石油ストーブの暖房は切ってしまうからだ。朝起きると、多少でも湿気を含んで乾かしたシャツやタオルは、煎餅のようにパリパリになっていた。

 

 18歳のとき、東京の大学に入学することになった。これで暗くて湿った日本海の冬にサヨナラができると思った。2月初旬の慶應義塾大学の三田校舎。午前の試験が終わって教室の窓を開放すると、燦燦と太陽の光が降り注いできた。あのときの真っ青な空のことを忘れることができない。

 上京した最初の冬は、毎日お日様を拝むことができて嬉しかった。秋田の田舎では、冬場に太陽の光を浴びることができない。秋田美人の色白は、メラニン色素の不足も一因らしいと聞いたことがある。しかし、わたしはといえば、太陽光を浴びていないから陰鬱な気持ちで過ごしていた。

 青森県出身の太宰治や寺山修司は、どことなく陰鬱な眼差しで生きていた。だから、上京してからのわたしのことを、「小川君は性格が変わったようだ」と親しい友人たちに言われた。性格が明るくなったのは、年間を通して太陽をいっぱい浴びたからだろう。勉強が好きで内向的だった性格が、あの時から明るく変わったように思う。

 

 いまの時刻は12時15分。「もうちらちらと雪が降り始めてますよ」と、ジムから歩いて戻って来たかみさんが、嬉しそうに雪の到来を告げてくれた。東京下町生まれの彼女は、年に何度も降らない雪を心待ちにしている。もっとも、かみさんのご先祖様は、秋田県の旧雄勝郡の出身らしい。角館や横手のかまくらで有名な場所で、雪深い田舎町だ。

 そういえば、朝方は公共交通機関が遅延で乱れていた。JALもANAも、午後からの降雪を控えて全便欠航を決めている。早朝から、北総線と京成線が架線故障で全面ストップしていた。午後の帰宅時間と明朝の出勤がどうなるかは、今夜の降雪量しだいだろう。わたしも、明日は朝からフルに仕事の予定が入っている。

 「日経イベントプロ」の中畑孝雄社長からは、いまだ連絡が来ていない。これから午後の雪の様子を見て。それからの判断になるのだろう。あまりドカ雪になってほしくはないな。またリスケになると、調整がめんどう臭いからだ。

 

 さて、わが家の窓の外には、まだ雪の気配がない。本格的な雪は「午後2時過ぎから」とさきほど予報が出ていた。静かに初雪の到来を待つとしようか。お昼の準備が整ったようだ。暖かい食事が待っている。どうやらランチは、焼きおむすびに温かい豚汁らしい。