私事ですが、昨日(10月23日)が誕生日でした。干支(卯年)が6回巡ってきて、満72歳になりました。先日は、生涯52冊目ではじめてペンネームで、私小説風のエッセイを出版できました。これにて、個人的な目標は8割方が達成できたと思っています。
一方、わたしたちの協会には課題が残されています。JFMAは、2000年5月に設立されました。2年後の春には創立25周年を迎えます。マラソン好きのわたしの感覚では、フルマラソンの距離(42.195KM)の4分の一(クオーター)を走り終えた感覚です。
ところで、創設から5年後(2005年6月)に、JFMAの将来を展望して「30年計画」を立てました。創設からの時期を3つに区切り、いくつかの目標を掲げました。掲げた目標とその成果を振り返ってみたいと思います。
(1)第1期:最初の10年(2000年~2009年)
目標1:はじめの目標は、花産業のインフラと標準を作ることでした。実際に取り組んだことは、農水省の支援も受けながら、「花の日持ち保証販売」を始めて、「MPS(花き環境認証制度)」を創立しました。オランダの認証制度を、10年をかけて日本に定着させました。
目標2:ビジネスと情報の交流の場を設ける
業界人たちの交流の場作りのため、「国際フラワーエキスポ(IFEX)」(10年間)を共催しました。花の展示 会は現在、「フローラル・イノベーション」に引き継がれています。
(2)第2期:次の10年(2010~2019年)
目標3:花の市場を10年で2倍に伸ばす(新しい物日を作る)
「フラワーバレンタイン」のキャンペーンを始め、バレンタインに花を贈ろうという運動を展開しました。「花の国日本協議会」(2015年設立)で、プロモーション・キャンペーンに対する取り組みは、いまも継続しています。
目標4:日本からアジアへ
JFMAをアジアで展開することを考えました。米中間が微妙な政治経済関係にあるいま、達成が困難な状況にあります。2015年に、中国・電化集団と提携して杭州で設立した「中日園芸技術マーケティングセンター」は閉鎖になりました。JFMAにとってアジアとの交流は停滞の時期でした。
(3)第3期:最後の10年(2020~2030年)
目標5:花業界を越えた組織に(事業ドメインを拡張する)
最後の10年では、事業ドメインを拡張し、JFMAを花や植物の販売を越えた組織にすることを目標に据えました。コロナの最中から、「ユニクロ」や「バロック・ジャパン」などの衣料品メーカーが、切り花や観葉植物を扱うようになりました。異業種とのコラボレーションを開始したことで、ふたたび花業界に参入する企業が増えています。例えば、サブスクの「ユーザーライク」(ブランド名は「ブルーミー」)などです。また、花のチェーン小売業(花恋人)が、花以外の雑貨を扱い始めています。
第3期はまだ6年が残っていますが、この先は次の世代の若者たちに託したいと思います。