(その78)「国産米でせんべいを焼く:岩塚製菓のこだわり」『北羽新報』2023年2月27日号  日号

 このところ、交流が深まった企業の一つに、新潟県長岡市の岩塚製菓がある。社長の槇春夫さんには、本稿を書くために、何度も直接のコミュニケーションを取らせていただいた。温厚で誠実な企業人である。岩塚製菓は、業界三位ではあるが、米菓の作り方に拘った製造方法を採用している。

 

「国産米でせんべいを焼く:岩塚製菓のこだわり」『北羽新報』2023年2月27日号

 文・小川孔輔(法政大学名誉教授、作家)

 

 新潟県長岡市に、日本で3番目に大きな米菓メーカーがあります。会社名は、岩塚製菓。主力商品は、黒豆せんべい、味しらべ、大袖振り豆もちなどです。品揃えが豊富で美味しいので、岩塚の商品は大人にも子供にも人気があります。現社長は、創業家4代目の槇春夫氏。先日(2月16日)、テレビ東京の「カンブリア宮殿」にご本人が出演していました。北国生まれの方らしく、勉強熱心でとても温厚な社長さんです。
 岩塚製菓は、昭和29年(1954年)の創業です。従業員数は938名。売上高は約180億円(2022年3月期)。同社の米菓は、食品スーパーの店頭などでよく見かけます。しかし、全国的に名前が知られるようになったのは、大雪で関越道路が通行止めになった2020年の冬のことです。同社のトラックドライバーが、高速道路で立ち往生していた他のドライバーたちに、せんべいを無償で配ったことがSNSで話題になってからでした。

 

 岩塚製菓は、いまや世界最大の米菓メーカーに成長した「台湾旺旺(わんわん)集団」に、80年代から技術指導を続けてきました。その後、中国大陸に進出し、香港市場に上場する大手食品メーカーに成長した「中国旺旺」から、長岡の工場に従業員を受け入れています。

 米菓大手3社は、新潟県内に本社と工場があります。トップは亀田製菓で、二番手が三光製菓です。三番手の岩塚製菓の特徴は、せんべいやおかきの原料に国産米を使用していることです。しかも、国産米を自社工場で洗ってせんべいに焼き上げています。上位メーカーで国産米100%は、岩塚製菓と丸彦製菓(栃木県)の2社のみです。

 

 昨春まで、わたしもこの事実を知りませんでした。友人の辻中俊樹さんの著書『米を洗う』(幻冬舎、2022年)を読んで、岩塚の製造プロセスをはじめて知りました。書名の「米を洗う」の意味が気になって読み進んだですが、その答えがなかなか出てきません。ずいぶん先まで読んだところで、やっと「なぜ」の回答を得ることができました。

 岩塚製菓では、新潟県だけからでなく、全国各地から銘柄米を仕入れています。産地と品種によって、浸漬(米を水にひたす工程)の時間が微妙に違うのだそうです。その時間が、せんべいやおかきの風味や硬さに影響を与えます。米菓を美味しく焼きあげるために、同社は仕入れた原料米を水に浸して洗う方針を貫いてきました。
 国産米にこだわるのは、日本の農業を支援するという意味もあります。現状では38%しかない食料自給率を高めることに貢献ができます。コスト高にはなるのですが、洗米の工程を省かないことで、せんべいは美味しく焼き上がります。自社の優れた経営方針を従業員の皆さんにもっと深く知ってほしいという思いから、辻中さんは著作を思いついたようです。

 

 ところで、槇社長の父に当たる創業者たちが米菓を作り始めたのは、農閑期に雇用を生み出すためでした。冬場に東京に出稼ぎに行かなくて済むようにしたかったのは、わが秋田県と同じ事情でした。しかし、新潟県の方は、秋田県とは違って米菓産業を立ち上げることができました。
 槇社長に尋ねてみたところ、新潟は加工技術に詳しい指導者に恵まれたとのことでした。秋田県にはそのような知恵者がいなかったことを知って、ちょっと悔しい思いをしました。