【依頼原稿】「動物性から植物性タンパク質への転換」『豆類の百科事典』(朝倉書店、小川執筆担当分)

 朝倉書店から、『豆類の百科事典』の執筆を依頼されていた。2年越しでようやく重い筆を持って(腰を挙げて)、「動物性から植物性タンパク質への転換」の項目を書き終えた。昨日になって、担当の女性編集者に渡すことができた。オリジナルは、『食品商業』に連載していた原稿である。

 

 当初のアイデアは、豆類が環境フレンドリーな植物であることを記述したものである。

 朝倉書店さんが、わたしが『イノベーション・マネジメント研究』(法政大学)に書いたものに興味を示してくれただった。気安く執筆を引き受けたものの、モチベーションがいまいちわかずに、転出が延び延びになっていた。その昔はときどきあったことだが、近年になってからでは珍しい。原稿提出の遅延である。

 朝倉書店からは、木戸茂さんの書籍の監修で仕事をしたことがある。10年ほど前のことだ。朝倉書店からは、執筆の細かなテンプレート(字体、ポイントのフォーマット)が送られてきていた。それは無視して、コンテンツの文章だけを送付した。そちらは編集者の仕事だと思ったからだ。

 この項目の文章も、最終的には変更が加わる可能性がある。それは、編集責任者(大学の先生)が決めることだろう。

 

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「持続可能な食料生産の地球環境への影響 ― 動物性から植物性タンパク質への転換」

『豆類の百科事典』小川孔輔(法政学名誉教授)

(改訂版:2022年7月16日再提出)

 

 <日本人の食生活、戦前と戦後>

 精進料理に見られるように、和食には穀類や大豆、野菜など植物性の食材が多用されている。100年前の日本人の食生活は、主食である米や雑穀類に大豆などの発酵食品を加えた、質素で低カロリーの食事が中心だった。

 一般に信じられているように、日本人の主たるタンパク源が魚介類だったわけではない。日本人は、限りなくヴィーガンに近い「ペスコ・ベジタリアン」(魚介類は摂取するが肉を含まない食事」)だった。

 戦後GHQが政策的に導入した学校給食の制度と、東京オリンピック(1964年開催)が、日本人の食生活を洋風化させた。1970年にすかいらーくが、1971年には日本マクドナルドが米国発の飲食業態として誕生する。

 パンと牛乳、ハンバーグとステーキの洋食が日本人にとってポピュラーなメニューになった。決定的だったのは、1991年の牛肉オレンジの輸入自由化で安価な牛肉が入手できるようになったことである。

 

 <肉消費増加の環境への影響>

 データを眺めてみる。一人当たりの肉の消費量は一日89.7グラムで、20年前に比べて約18%増加した(農水省食糧需給表、2017)。それに対して、魚介類は67.7グラムで35%減少している。需要が増加した肉の消費量は、安価な輸入牛肉で賄われてきたわけである *1)。

 肉の消費が増えることで、環境に対する負荷が高まる。研究者や政策担当者の間では、肉の消費量を減らすべきと考える4つの理由が知られている。

 ① 動物愛護(エシカルな観点)、

 ② 食の安全と健康(肥満防止、アレルギー対策など)、

 ③ 環境保全(環境負荷の低減、地球温暖化への意識)、

 ④ 食料保障(人口爆発、代替エネルギーとタンパク源の確保)*2)。

 

 <動物愛護、健康、環境保全>

 1番目の理由は、ヴィーガン/ベジタリアンに転換したひとたちがしばしば挙げている点である。ただし、植物食を採用しているひとの多くが、エシカルな観点を理由としてあげているわけではない。2番目の理由については、肥満やアレルギーの問題を抱えている現代人の多くが、健康上の問題解決のために植物食に転換しることと関係している。 

 3番目の理由について詳しく論じてみる。環境負荷には、温室効果ガスの排出による地球温暖化と水資源の確保の問題が含まれる。畜産業が環境に対してマイナスの影響を与えるのは、肉類のタンパク質変換効率が悪いからである。たとえば、肉牛の生産には穀物飼料が使用されているが、牛肉1kgの生産に約2万トンの水が必要になる。これは飼料のトウモロコシ(スイートコーン5本)の生産に必要な水(434L)の約50倍に相当する*3)。

 同様に、牛肉1kg生産で約27トンのCO2が大気中に排出される。比較のために穀物類を例にとると、米1kgを収穫するために、2.7トンの温室効果ガスが放出されている。これは牛肉の場合の10%で、トマト1kgの生産で放出されるCO2は、わずか1.1トンである(Euromonitor International 2018)。

 

 <農産品輸入は水の輸入>

 データから明らかなのは、日本が肉類と穀物を海外から輸入していることで、実際には貴重な水資源を農業国から運んできていることである。農産物とその加工品は、エネルギーと水の塊である。農産物を海外から持ってくるために、大量のCO2を放出していることも明らかである。

 そして驚くべきことに、国内で使用している約2倍の水(ヴァーチャルウォーター)を、わが国は農産物の形で輸入している。

日本が食糧を海外に依存している限り、この実態は変わらない。2055年ごろには、世界の人口が100億人を突破すると予想されている。アジアやアフリカの国が経済力で先進国に追いついたとき、農産品を海外に依存し続けることは不可能になる。

 

 <食料自給率の向上と植物食>

 植物食への転換を考える上では、4番目の要因(食料保障)がもっとも深刻なのかもしれない。

 エネルギーベースの食料自給率(38%)を、50年前の50%に戻すための解決策が植物食である。植物食は、日本の農業と食品産業の構造を根本から変えてしまうかもしれまない。

 

 <代替タンパク質産業>

 動物性タンパク質の過剰生産を防ぐため、米国や欧州を中心に、植物食(Plant-based Foods)や肉代替品(Meat-substitutes、Meat-free Foods)の産業が勃興しつつある。ハンバーガーのパテが、小麦や海藻から作られる時代になっている。

米国では、いまや植物食産業(大豆など豆類などの加工産業)がフードビジネスのエコシステムとして完成しつつある。日本の食品企業(不二製油、相模屋食料、大塚製薬など)も植物食ビジネスに投資をはじめている。

〔小川孔輔〕

 

文献

1)小川孔輔.2019.「植物食は一般に普及するだろうか?(下):植物食産業の振興が食糧自給率を高める」『食品商業』(5月号)

2)重松美奈子.2019.「食のバリアフリーの実現」(法政大学経営大学院修士論文)。

3)沖大幹.2016.『水の未来』岩波新書。

4)環境省:バーチャルウォーター量自動計算(https://www.env.go.jp/water/virtual_water/kyouzai.html)

5)Water Footprint Network:The water footprint of food(https://waterfootprint.org/media/downloads/Hoekstra-2008-WaterfootprintFood.pdf)