2012年12月31日にブログで報告した調査結果を再録しました。読者の院生からの情報によると、最近はケンミンショーなどでも、この話題が取り上げられていたそうです。「肉じゃがは、牛肉と豚肉とどちらが優勢なのか?」から始めたブログ調査の結果です。
「全国肉じゃがマップ」『北羽新報』(2022年2月26日号)
文・小川孔輔(法政大学大学院、教授)
わたしには、ある意味でどうでもよいことを綿密に調査する癖があります。いまから10年ほど前のことです。素朴な疑問から、「全国肉じゃがマップ」なるものを作り始めました。
きっかけは、何気ない会話からでした。比内地鶏の故郷である秋田生まれなので、肉じゃがの具は鶏肉だと思っていました。ところが、結婚相手は東京下町生まれで、「豚に決まってますよ!」と言われたからです、
全国津々浦々を調べていくと、「牛ときどき豚、鶏はほぼ無い」が全国的な傾向でした。調査方法は簡単です。個人ブログの読者に、「皆さんの地方で肉じゃがを料理するとき、お肉は何をお使いですか?」という質問をアップして回答者を募りました。
全国47都道府県に住んでいるブログ読者に、簡単なアンケートに答えてもらいました(当時は一日に2千件のアクセスがありました)。わかったことは、牛と豚を肉じゃがに使用する分水嶺が、フォッサマグナ(中央構造線)だったことです。日本海側が石川県と富山県で、太平洋側が三重県と愛知県に豚牛の分かれ目がありました。
おもしろかったのは、首都圏が「牛豚混合地域」だったことです。東京のデータは、わたしの予想とはちがっていました。関東地方は、豚肉の方が優勢だと思っていたからです。その理由は、首都圏に移住して来た関西人がもたらした食文化の影響だと思われます。
もうひとつの理由は、1970年代以降に安価な輸入牛肉が入るようになったからでした。そのころから、牛肉が「ハレの日のごちそう」ではなくなったからです。東北育ちのわたしにとって、「ビフテキ」(ビーフステーキ)は、特別の響きをもった食べ物の代名詞でした。
ところで、料理のメニューや味の伝承は、基本的に母方からのものです。おふくろの味は、肉じゃがに脈々と生き続けています。日本は母系社会です。それは当然なのですが、例外もありました。「父親が牛肉にしなさい!」と、父親の権威が肉じゃがの具材の選択に介入してきていたケースがあったからです。
もうひとつの発見は、肉じゃがが牛・豚のどちらになるかは、その県がブランド肉の産地かどうかが決定的なポイントになっていたことでした。たとえば、牛肉が優勢なはずの九州・中国地区で、福岡と岡山だけが豚肉優勢でした。2つの県には有名な豚のブランド肉があったからです。また、グレーゾーンの岐阜県では、どちらかといえば牛が優勢です。「飛騨牛があるからですよ」とのコメントを地元の方からいただきました。
東北でも唯一、鶏肉が優勢だった秋田県は、比内鶏の産地です。お隣りの山形県では、名物料理の芋煮に、ご当地ブランドの米沢牛を使います。しかし、福島県で牛が優勢なのはよくわかりませんでした。
紙幅の都合で、47都道府県全部のデータをお示しできないのが残念です。詳しくは、この原稿の元になったブログ「全国肉じゃがマップ:牛ときどき豚、鶏はないよね)」(2012年12月31日、https://kosuke-ogawa.com/)をご覧ください。牛豚鶏の出現頻度は、つぎのようになっています。牛56件、豚38件、鶏3件(投票者は80人ですが、件数はダブルカウントされています)。