ヤマト運輸労組が経営陣に提起した「宅配便引き受け総量規制」は、一般消費者からは好意的に受けとめられている。先週はとうとう、ヤマト運輸が昼の時間帯(12時~14時)の配達を停止すると発表した。今後は、値上げと時間指定が問題になりそうだ。もう荷物を運べなくなっているからだ。
聞くところによると、パナソニックの宅配ボックスがものすごい勢いで売れているらしい。世間はそんなニュースに即座に反応するほど、事態は深刻なのだと思う。住宅の外に設置するタイプの宅配ボックスは、一か月先の予約が満杯となっていた。
そもそも生産が間に合わず、宅配ボックスそのものが払底して在庫がない状態。なので、出荷停止になっているらしい。
そんな話が聞こえてくる前に、日経新聞(本紙)に掲載されたインタビューを詳しく解説した文章を書いてみた。田中記者のインタビュー前にメモを渡しておいた。その記録をさらに敷衍して、物流について述べた論考である。
できあがった原稿は、地元紙へ寄稿してみた。22日に、北羽新報に寄稿したコラムである。
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「便利なサービスは有料に:宅配便の経営学」『北羽新報』2017年3月22日号
小川孔輔(法政大学経営大学院)
わたしの専門領域のひとつに物流があります。効率的にモノを運ぶことを経営的に分析する学問分野です。応用分野としては、コンビニやスーパーの加工センターや店舗の配置、トラックの輸送経路の設計などがあります。かなり昔のことですが、同僚の矢作敏行教授と共著で『生販統合マーケティングシステム』という本を白桃書房から出版しました。そんなこともあって、物流や輸送の問題について原稿の依頼を受けることがあります。
今回は、『日本経済新聞』の流通経済部(田中陽記者)から、インタビューを受けることになりました。ご存知だと思いますが、今月に入ってヤマト運輸の労組が宅配便の引き受けを抑制することを求めています。ネット通販の拡大で宅配便の個数が大幅に増大し、モノが運べない状態に陥っているからです。インタビューの依頼を受けたのは、宅配便の引き受けを抑制することで、ヤマトの労使が協議交渉に入った直後でした。
記事は、3月6日(木曜日)の『日本経済新聞』に、二人の実務家の見解と一緒に大きく掲載されています。そのときの見出しは、「利便性はタダではない」でした。この問題に対するわたしの考えを、ここでは要約して紹介することにします。
第一に、労組からの宅配便の抑制要求は、ヤマトの経営陣に対してもプラスに作用するだろうというものです。モノが運べない状態なので、労組の要求はネット通販などからのリクエストを断る抑止力になるからです。メーカーや流通に対しては、値上げを求める口実にもなります。わたしは、宅配便の値上げは致し方がないことだと思います。
二番目は、日本のサービス業は、消費者の要求に丁寧に対応しすぎていることです。宅配便に関していえば、不在による再配達が20%もあることが問題です。アマゾンに見られるような「無料配達」は、社会的なコスト負担をあいまいにしているだけです。そろそろ過剰なサービスはやめるべきときです。
消費者庁(2015年度)が実施した「消費者に対する宅配の受取についての調査」では、「追記料金がかかるなら最速のタイミングで受け取らなくてよい」が60.8%、それとは反対に、「確実に最速のタイミングで追加料金がかかっても受け取りたい」はわずか5.4%でした。消費者にコストを意識させれば、社会的なコストを低くすることができます。
インタビューの最後に、海外の事例を紹介しました。米国では、再配達は別途に料金がかかります。ブラジルでは、スーパーに宅配ボックスが置いてありました。中国では在宅率が低いために、通販で購入した商品は職場に届けるのがふつうです。日本の佐川急便(日通)やヤマト運輸も、中国ではこの方式をとっています。その際に必要なのは、全社共通の宅配ボックスを社会的なインフラとして設置することです。
物流費を社会的に低減させる方法の一つが、消費者がコンビニで商品を受け取ることです。しかし、期待されているほどには、コンビニでの商品の受け渡しは増えていません。それとは逆に、物流会社に食品(弁当)や総菜(クール便)などの宅配を請け負わせているのが実情です。これでは、社会的なコスト負担がますます大きくなります。
実際には、卸やメーカーの倉庫からコンビニの店舗までは、複数のメーカーの商品を一台のトラックに混載して運んでいます。各社が相乗りする「共同配送システム」という形態です。それと近い形態を、個人の宅配でも導入してみてはいかがでしょうか?ヤマトと佐川と日本郵便の荷物を一緒のトラックで運ぶ方法もあると思います。
いずれにしても、社会的なシステムとしての物流を政策的に再考すべき段階にあります。経営者側も便利なサービスは有料にして、不必要な部分は思い切ってカットする決断がほしいと思います