「あとがき」『青いりんごの物語』PHP研究所(2022年2月)

 新刊本の見本刷りが、来週月曜日(2月7日)に印刷所から上がってくることがわかった。PHP研究所の佐藤さんからの連絡で、わたしの手元には、とりあえず月曜日に10冊ほど届くらしい。早速、日本経済新聞社の田中陽編集委員など、数名の方には見本を進呈しようと思っている。

 

 完成までの最終工程で、佐藤さんには手間をかけてしまった。細かな誤植がたくさん残って、それを修正するために、印刷所から電話をいただいたりもした。笑、、こんなご時世なので、PHP側の編集担当者である佐藤さんには、「生で」一度もお会いしたことがない。

 zoomと電話でのやりとりが頻繁だったので、お会いしたことがなかったことが不思議である。ずいぶんとたくさんの本を制作してきたが、今回の『青いりんごの物語』は、これまでで最も手間をかけた本になった。担当の編集者の方にも、またロック・フィールドの中野さんや天野さんには、本当にお世話になった。

 

 ここで、「あとがき」(2021年11月執筆分)をアップしてしまう。ずいぶんと前に書いた原稿で、実際に出版される本の中では、実際の文章がやや異なっている。しかし、当時の文章をそのまま修正なしに残しておくことにしたい。

 

 

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 「あとがき」

 『青いりんごの物語:ロック・フィールドのサラダ革命』

 

 本書は、2022年6月に創業50周年を迎える「(株)ロック・フィールド」の企業史である。同時に、日本発の惣菜ビジネスを創発したベンチャー起業家、岩田弘三の伝記本として位置づけることもできる。岩田が生み出した「サラダ=SOZAI事業」の誕生とそのビジネスモデルの本質(DNA)を記録として残すために企画された書籍である。
 本書の構想は、2018年6月29日に、筆者がロック・フィールドの経営幹部を対象に講演した「ロック・フィールドのビジネスモデル」(@神戸本社)が起点となっている。その後、惣菜事業の歴史的な成長過程を確認するため、2019年夏から約2年間にわたって、事業の創出と会社の発展に関わってきた幹部社員らと、岩田と親交が深かった外部の企業経営者たち、合わせて18回(延べ25名)のインタビューを試みることになった。
 インタビューに協力していただいた方の一覧表を、このあとがきの最後に、「付表」として残しておく。多忙な時間を割いて、筆者の面倒な要望と長時間のインタビューに対応していただいた皆さんに心から感謝したい。全員の名前が本文中に登場しているわけではないが、インタビューの内容は、何らかの形で本書に反映されていることはまちがいない。

 

 大学教員として最後の著作になる本書は、筆者の49冊目の著書である。50冊目を目前にした著書の完成には、約20年という長い準備期間を要している。手帳を調べたところ、岩田会長との最初の出会いは、2001年1月12日(金)だった。
 『チェーンストア・エイジ』の「続・当世ブランド物語」の連載のため、この日、旧神戸本社の社長室を訪問していた。岩田弘三社長(当時)をインタビューするためである。インタビューの原稿は、「ロック・フィールド(前編・後編)」として同誌に掲載された(2001年2月15日号と3月15日号)。この事例は、翌年になってから、「企業価値の創造とブランド:ロック・フィールド30年の歩み」というタイトルで、オリジナル原稿を加筆修正したうえで、学会誌『マーケティング・ジャーナル』に発表された。
岩田会長には、2005年4月から法政大学経営大学院イノベーションマネジメント研究科で客員教授をお願いすることになった。このことがきっかけで、個人的にも岩田会長と親しくしていただくことになった。
 ロック・フィールドの内部を詳しく知るようになったのは、『日経MJ』(ヒット商品塾)で岩田会長に講演をお願いしたり、岩田・小川の対談記事が新聞(日経MJなど)に掲載されるようになったからである。また、『チャーンストア・エイジ』の特集号「食のSPA」の企画(2007年)を担当したことで、ビジネスモデルの全体像をより詳細に把握できるようになった。
 筆者の推薦で、法政大学大学院の客員教授に就任していただいた3人の著名な経営者(ファーストリテイリングの柳井正社長、ブックオフの坂本孝社長、ロック・フィールドの岩田弘三社長、当時)には、客員教授への就任とほぼ同時に、「いつか伝記本を書かせてください」とお願いしていた。2005年の秋から冬にかけてのことである。その願いが叶った最初のケースが、岩田会長というわけである。あれから16年の月日が流れている。

 

 岩田弘三会長の伝記本(同時に、ロック・フィールドの社史本)を刊行することは、2018年末にほぼ決まっていた。社内でコンセンサスを得るため、筆者が神戸本社でプレゼンをしたのが同年6月である。出版の形態をどのようにするか(一般書店で販売するかどうか)と、出版社をどこに依頼するか(ビジネス本か一般書籍か)が課題だった。
それまでにも複数のビジネス系の出版社に打診はしていた。筆者としては、「日本の経営者シリーズ」で、小林一三や中内功などを取り上げていたPHP研究所に引き受けてもらえないかと思っていた。運よく友人の紹介で、2020年の夏ごろ、同社の編集部門を紹介してもらい、本書の出版を引き受けていただいた。
 出版の打ち合わせ後すぐに、社内外の人たちへのインタビューがはじまった。そして、2021年6月刊行を目標に執筆作業が開始された。ところが、新型コロナウイルスの拡散による在宅リモートワークが原因で、2021年2月に筆者が体調を壊してしまった。足腰の不調で動くことができず、2021年7月末まで約半年間、執筆作業が中断することになった。
 幸いにもリハビリで体力が回復できた7月末から執筆を再開して、第3章から第9章まで、7章分を約100日で脱稿できた。短い期間で本書が完成できたのは、岩田会長自らの手による2つの連載記事が存在していたおかげである。『神戸新聞』に連載された「わが心の自叙伝(1)~(30)」(2013年6月~2014年1月)と、『日経MJ』で発表された「暮らしを変えた立役者①~㉔」(2019年1月~4月)である。これに、社内資料の『EPOCK』(2011年6月)を加えて、執筆の基礎資料とすることができた。

 

 本書を完成するにあたっては、創業物語の主役である岩田弘三会長をはじめとして、社内外から多くの方にご支援をいただいた。インタビューに同行して、内容の編集にも協力していただいた中野郁夫参与とアシスタントの林麻矢さんには、とりわけ深く感謝したい。二人の協力がなければ、本書の刊行は不可能だったことだろう。

 また、2度にわたる原稿の遅延にも関わらず、辛抱強く執筆の完了を待っていただいた佐藤義行氏をはじめ、PHP研究所の編集部の方たちに感謝したい。出版編集の仕事は、原稿の遅れに対する忍耐との戦いだと思う。
 当初の打ち合わせでは250頁のビジネス書として刊行するはずだった。結果的に、350頁を超える分厚い本になってしまった。筆者がヒアリングで知りえた事実を、社史としてできるだけ詳細な記録として書き残しておきたいと考えたからである。

 

 最後に、標準的な「あとがき」からの逸脱をお許しいただきたい。

 本来ならば、本書の冒頭に配置すべき「本書の狙い」を紹介して、あとがきを終えることになるからである。以下の文章は、当初の計画では、「付録:ビジネスモデルの解説」として準備していたものの最初の部分である。

 戦後日本の食文化史の中で、世界に通用する大きなイノベーションは、ほとんどが「製品イノベーション」であった。代表的な製品カテゴリーとそれを生み出した企業としては、たとえば、キッコーマンのお醤油や日清のカップヌードル、乳酸飲料のヤクルトなどを挙げることができる。これらは、独自の発想から革新的な日本人起業家が創案したもので、何らかの形で、製造方法や素材の加工技術におけるイノベーションと関連づけることができる。
 対照的に、飲食サービスの分野では、マクドナルドやデニーズなど、海外で生まれたチェーンストア業態を日本風にアレンジして移植したものがほぼすべてである。現在、アジア諸国を中心に事業展開している吉野家(牛丼)や丸亀製麺(うどん)、COCO一番屋(カレー)などは、既存の商品カテゴリーを効率よくチェーン化した業態である。「プロセスイノベーション」の観点からいえば、戦前から存在していた日本食のカテゴリーに、米国由来のチェーンストアの枠組みを忠実に応用した飲食のビジネスフォーマット(業態)である。

 

 1972年に神戸で創業したロック・フィールドのユニークな点は、わずか49年という事業の発展プロセスの中で、独自性のある製品群とブランド構築(製品・サービスのイノベーション)と、製造から流通まで垂直的な事業プロセスにおける革新(プロセスイノベーション)を同時に達成したことである。
 プロセスのイノベーションに関しては、農産物の貯蔵・収穫方法への関与、トヨタ生産方式の食品加工プロセスへの応用に成功している。ビジネスシステムの中核部分は、サラダという製品カテゴリーを据えて、素材の調達から生産・販売にいたるまでの一貫システム(食のSPAモデル)を完成させるというユニークさが特徴になっている。
 ロック・フィールドが生み出した「サラダ=SOZAIのビジネスモデル」は、マクドナルド創始者のレイ・クロックが生み出したハンバーガー・ビジネスの発明に比肩しうるものである。稀代の起業家である岩田弘三の功績は、それまで副菜のひとつだった「サラダ」を主菜の位置に押し上げ、日本古来の惣菜(物に心を込めて作る料理)のコンセプトをヒントに、サラダという商品をまったく新しくカテゴリーに塗り変えたことである。岩田が作り上げたブランドと革新的な事業モデルは、フードビジネス史に長く記憶を留められることになるだろう。

 

小川孔輔
2021年1月吉日