昨夜のことだった。満70歳の誕生日、わたしが古希を迎えた日。家族が誕生日をケーキで祝ってくれた。かみさんが、新柴又の人気の洋菓子店「ビスクィ」まで歩いて行って、抹茶のバウムケーキを買ってきてくれた。甘いクリームに、バウムクーヘンを土台にした小さなケーキを持ち帰ってきた。
食事後の8時過ぎに、誕生会のパーティーを始めることを決めていた。3歳の夏穂は風邪を引いて、咳と鼻水がひどく先に寝てしまったようだ。3階からは、次男夫婦と6歳の穂高が降りてきてくれた。わたしの誕生日を抹茶ケーキでお祝いするためだった。
翌日(本日)も、東京タワー下の「とうふやうかい」で食事会が予定されている。パーティーは早めに切り上げるつもりで、三人はお茶会に参加してきた。
夫婦はなぜだかセンターテーブルには着席せず、小上がりに2人で仲良く座っていた。長男の穂高だけは、いつものお誕生日席に座っているわたしの隣に腰かけた。かみさんが、ビスクィのケーキボックスをそろそろと開けた。中からおもむろにクリームたっぷりのケーキを取り出した。
ローソクは、古希の7本。本当は70本だが、省略して7本を準備した。小さなビニールの袋から、理容室の紋様の細いローソクを取り出した。ローソクに円陣を組ませて、ケーキの上から7本を突き刺した。今日がわたしの誕生日だと穂高は知っている。70歳になったこともわかっている。だから、怪訝そうにわたしに尋ねた。
「わんすけ、70なのに、どうしてローソクは7本なの?」。わんすけとは、わたしの愛称のことだ。当初は、わんすけに「先生」がついていたが、いつのまにかわが家では「先生」は省かれている。夏穂にいたっては、さらに「す」を抜いて、わたしのことを「わんけ」と呼んでいる。
穂高の疑問に、わんすけは答えた。「(穂高は)まだ70まで数えられないでしょう。だから、ローソクは7本にしたのよね」。本当のところ、賢い穂高は100までは数えられそうだ。不思議な顔をしたまま、8等分された抹茶ケーキのひと切りにフォークを突き刺して、自分のポーションを黙々と食べはじめた。
ついでに、「わんすけさん、70さいのたんじょうび、おめでとう」とクリームで文字が書いてあるチョコレート板を、わたしからもらって食べていた。しかし、ケーキは最後の一口を残して、小上がりのこたつの布団に横になって潜り込んだ。
夏穂は風邪ぎみだったが、穂高のほうも買い物で疲れてしまったらしかった。午後に、新小岩にある自転車店「あさひ」で、両親から新しい自転車を買ってもらったからだ。
あさひの店は金町にもあるが、穂高が気に入ったモデルが金町店にはなかったらしい。わざわざ店間で店員さん同士が連絡して、別のお気に入りのモデルがあることを確認した。
金町から新小岩まで車で移動して、お気に入りを確認の上、新しい自転車を車に積んで持ち帰ったらしい。その後、買ってきたばかりの自転車に乗って、はしゃぎすぎて疲れたのだろう。
穂高は3階の住人である。しかし、月に何回かは、1階のかみさんの部屋に泊まりにくる。泊まれる日は、穂高が自分で作ったカレンダーに「◎」がつけてある。宿泊不可の日は、「×」印がついている。
どういう基準で、彼が「◎」「×」を決めているのかはわからない。◎が連続していることもあれば、×と◎が飛び飛びになっていることもある。かみさんは、穂高の宿泊に関しては、何のレギュレーションもかけていない。◎はいくつでもオーケーなはずだが、わたしが見たところ、おおよそ月の半分弱が◎印になっている。
ところで、昨日のわんすけの誕生日、穂高のカレンダーは◎になっていた。だから、疲れて小上がりの布団に向かったところで、彼は宿泊するつもりでいたのだろう。
ちなみに、実際の宿泊日と「◎印」の日とは必ずしも一致しない。一般的なルールとして、◎は「宿泊可能な日」を表しているだけである。この頃は、10日の◎印に対して、1~2日しか実際には宿泊していない。
さて、この頃は、3歳になった夏穂がかみさんと一緒に寝られるようになった。それまでは、母親のアズちゃんから離れられなかったからだ。ところが、数週間前から1階に泊まれるようになった。
そのあおりを受けて、穂高は先日はお泊りの権利(◎)を夏穂にとられていた。そんなときでも、お兄ちゃんだから、穂高は文句を言わない。言えない。実にいい子に育っている。
近いうちに、本当のことを穂高に教えてあげようと思う。そうそう、大人さんはある年齢を過ぎたら、ローソク10本を一歳と勘定するようになるんだよと。そして、穂高はまだ6歳だから、ローソクの数を置き換えなくていいのだよ。
穂高は来年、住吉小学生の1年生になる。4月の誕生日には、小さな自分のローソクを7本、その数だけ吹き消していいんだよと。やさしい穂高は、きっとわんすけ先生を嘘つきだとも思わないだろう。