連載63回は、総選挙のために早めの掲載になった。退職後の身の振り方を、新聞紙面を通して宣言できることは幸せなことだろう。来年3月に法政大学を定年退職になる。その後は、20年前から企図していたように、大学教授から伝記本の作家に転身する。今週末には70歳の誕生日が来て、とうとう古希を迎えることになった。
「70歳の転身:大学教授から伝記作家に」『北羽新報』2021年10月23日号
(連載:その63) 文・小川孔輔
10月23日に、70歳の誕生日を迎えます。古希になりましたので、来年3月で大学は定年退職します。この年(70歳)までよくぞ生き延びてきたと思います。小川家の男子は短命だからです。父親は60歳で、その他親戚の男子たちで60歳を超えて存命できたのはわずかです。ほんどの場合、死に至る病因は、秋田県人にありがちな糖尿病と脳溢血です。
45歳でマラソンをはじめたのも、2つの病気に効果があるのが走ることだと考えたからでした。新型コロナウイルスの感染が拡大を始めたころ、フィットネスクラブが休館になり、屋外でも運動ができなくなりました。そのため、一時期は足と腰を痛めて最寄り駅まで歩くこともままならない状態でした。
いまはどうにか回復して、ふたたび走れるようになっています。11年連続で完走してきた東京マラソンは、非常事態宣言下で二度も延期になりました。しかし、いまは2022年3月開催の「東京マラソン2022」に向けて練習を再開しています。
ところで、私立大学の教員の定年は70歳です。大学教授の仕事も学生指導や授業準備でけっこう体力が必要です。わたしは法政大学に就職してから、今年で勤続46年になります。しかし、さらに長く働くのは勘弁です。世の中のため充分に働きました。定年が70歳に設定されているのは、すごく合理的だと思います。
そう思うのは、体のいろんな部品が痛んできているからです。ここ数年で、白内障の手術、奥歯の欠損(インプラントの準備)を経験しました。先輩諸氏たちの定年後を見ていると、研究生活を終えると完全に引退してしまいます。学会にも出てこなくなり、論文や本を書き続けている元教授はごくわずかです。わたしもその一人になりそうでした。
周囲の身の振り方を見て、わたしは定年後に転身を図る準備をはじめました。子供のころに思い描いていた通りの夢の実現です。10年ほど前から、定年後は作家になることを決めていたからです。48冊の本を書いていますので、「物書き」であることには間違いないのですが、定年後には伝記作家になることにしました。
いまは惣菜のトップメーカー「(株)ロック・フィールド」(本社:神戸市)を創業した岩田弘三会長の伝記本に取り組んでいます。同社は、来年6月に創業50周年を迎えます。3年前から、一般書店でも販売できる伝記本(社史)を提案して執筆を引き受けました。
いま現在(12日時点)、最終章(第9章)を書いています。この本は、今月末に完成します。仮のタイトルが、『ロック・フィールドのDNA』。PHP出版からで、書店に並ぶのは来年2月末の予定です。予価1800円。ビジネス書として、320頁を超す厚い本になります。
そして、定年後に取り掛かる伝記も決まっています。つぎのような人物(組織)が予定されています。①「物語コーポレーション」(創業者、小林佳雄氏)、②「ローソン」(歴代3人の社長、新浪氏、玉塚氏、竹増氏)、③ランドセルの「池田屋」(創業者、池田浩之会長)、④短編小説集『商人版・東京下町物語』(下町の商人たちを描いた連作)。
夢のような話ですが、最後のノンフィクションの短編小説『商人版:東京下町物語』では、直木賞を狙いたいと思っています。