【寄稿論文】小川孔輔「ホームセンターのDX戦略を考える」『DIY協会報』(2021年夏号)掲載

 10年ほど前から、『DIY協会報』に寄稿している記事論文(年2回)を転載する。今回は、「ホームセンターのDX戦略を考える」というテーマで書いてみた。カインズの土屋会長にお願いして、池照氏(デジタル戦略本部長)を紹介していただいた。本稿は、池照氏へのインタビューと「創造の架け橋」(四国生産性本部)の記事論文に基づいて書かれている。

「ホームセンターのDX戦略を考える」『DIY協会報』2021年夏号*1
 文・小川孔輔(法政大学経営大学院教授) V3:20210706

 

 <顧客価値の方程式>
 最近のバズワードには、末尾に「X」が付く短縮語が増えている。たとえば、CX(Customer Experience)、UX(User Experience)、DX(Digital Transformation)などである。日本語では、それぞれ顧客経験、ユーザー体験、デジタルツールによる事業転換などとなる。ここで共通しているのは、CXやDXが顧客価値を高める手段になっている点である。
 なお、CXとDXは顧客価値に作用する機能が異なっている。図表1の「顧客価値の方程式」でその違いが説明できる。頭の中で顧客は次のような割り算をしていると考える。買い手が商品・サービスを購入するかどうかは、分子(Benefit)を分母(Cost)で割った価値(Value)で決まる。
 CXは、分子のB(顧客の便益を生み出す企業活動)に対応している。これには、機能的価値から快楽的価値の提供まで、4つのベネフィットがある。一方で、DXは、主として分母C(顧客が支払う金銭的・心理的な費用を低減する活動)と関係している。もちろんDXの一部は、企業のデジタル対応を通して、顧客にエンターテインメント的なベネフィットを提供する側面もある。例えば、近年になってレストランで導入が盛んな配膳ロボットなどは、技術革新がコスト削減につながると同時に、エンターテインメントを提供する事例である。

 

  << この付近に 図1 顧客価値の方程式 挿入>>

 
 <DXに成功した日本マクドナルド>
 ホームセンターのDX戦略を考える手がかりとして、コロナウイルスの感染が拡大した時期(2020年~2021年)に、顧客価値の向上に成功して業績を伸ばしている代表例として、日本マクドナルドのケースを取り上げてみる。
 同社は、2020年12月期に、創業以来最高の営業利益(300億円強)を達成している。売上も伸ばしたが、客単価の上昇を通じた利益貢献が大きかった。成功の要因を分解してみる。マクドナルドは、①テイクアウトと宅配サービスを充実させたことで、顧客の移動コストを低減させた(T・Eの低下)。同社は2013年からの赤字転落を受けて、②店舗改装や商品の見直しに取り組んできた(Bの上昇)。同時に、店内サービスのロジスティックスを改善して、③カウンターでの注文と商品の引き渡しを分離した(Bの上昇とTの減少)。
 コロナ以前の2019年1月から、マクドナルドは、④スマホで事前注文を受ける仕組みを導入していた(Bの価値向上)。こうした施策により、店内での待ち行列が短縮できるようになった(EとTの低減)。マクドナルドの好調は、環境変化へ備えていたからだと説明がつく。同様なデジタルベースの顧客対応で業績を伸ばしている外食チェーンに、回転寿司のF&LC(スシロー)と物語コーポレーション(焼肉きんぐ)がある。*2

 

 <ホームセンターのデジタルシフト:カインズの「IT小売業宣言」>
 ファストフードとホームセンターでは、CXやDXに対するアプローチは異なるだろうか? 結論をいえば、サービス業と小売業の間に根本的な違いはないと筆者は考える。具体的な事例を、DIY業界でデジタル対応が進んでいるカインズの事例で確認してみよう。
カインズのDX戦略については、昨年から土屋裕雅会長や高家正行社長、池照直樹本部長のインタビュー記事が専門誌等で紹介されている。結論は、以下の通りである。*3

 カインズのDX戦略を担っている3人のトップマネジメントが、上手に役割分担ができていることがカインズの強みである。それが、CXとDXをバランスよく達成できている理由でもある。全社ビジョンを構想するのが土屋会長の役割で、戦略計画とその組織浸透を高家社長が担っている。デジタル戦略のシナリオ構築と現場での実行面は、池照本部長が責任を持つ。
 DX戦略をリードする3人チームの結成は、2019年7月に池照本部長がカインズに加わることで完成した。それ以前に、高家社長がミスミからカインズに転身したのち、土屋・高家のコンビで全社員に向けて「IT企業宣言」をした2018年1月から、カインズのデジタルシフトは始まっていた。つまりDX戦略の構築にとって大切な条件は、戦略シナリオに対する全社的な合意と実行を担うプレーヤー(指揮官と実行部隊)が存在することである。

 

 <カインズのデジタルシフトの実際>
 デジタル戦略の実務について、シナリオづくりは池照本部長に任されている。デジタル戦略本部の本部長に就いた2019年7月に、池照氏がまず着手した仕事は、エンジニアの採用だった。そのため、本社のある本庄市とは別に、デジタル人材がアクセスしやすい表参道にオフィス(INNOVATION HUB)を設置した。
 INNOVATION HUBで取り組んだ最初の仕事は、アプリ開発(実際は既存アプリのマイナーな改良)だった。これまでの経験から、池照氏は小さな成功事例を積み重ねることが必要なことを知っていたからである。70万人のデジタル会員が、わずか2か月間で120万人に増えた。その後は、WEB広告や自然流入で、カード会員数は+250%に増加している。デジタル・マーケティングの導入で提供する顧客価値が高まり、特にアプリ利用顧客では年間購入金額が2割ほどアップしている。
 つぎに取り組んだことは、現場で働く社員から、「デジタルいいね!」と言わせる実績を作ることだった。具体的には、デジタルツールの導入で現場の仕事が楽になると示すことだった。仕事をデジタル化することで、面倒な現場仕事から解放することを狙った。結果として、人時生産性が高まり、コストダウンになることが明らかになった。社内で味方が増えていった。

 

 池照氏には将来的に達成したい構想がある。デジタルによって、店舗と売り場を変え、ホームセンターの店舗オペレーションを根本から変革することである。つまり、既存の店舗レイアウト(空間)を変えて、棚に並べる商品在庫を最小限(1個)にすることである。そのとき、店舗と倉庫は完全に分離されることになる。
 店舗の未来像は、店舗空間の圧縮である。そうであれば、デジタル(商品の位置に関するデータ)が実店舗と倉庫の空間的な配置をリードすることになる。筆者の推論だが、この発想は、カインズがデジタル化で実現してきた3つのプロジェクトの延長線上で構想されたと考えられる。
 最初のものは、カインズが導入済みのBOPIS(ネットで注文、店舗でピックアップ)の仕組みである。二番目は、店内在庫の位置を案内するサービス(店舗在庫確認サービス)である。三番目は、プロ向けサービスとして始まった「商品取り置きサービス」である。
 この3つをデジタルで統合することで、店頭在庫は最小の1個だけで間に合うことになる。この構想が実現すると、店舗面積は大幅に削減できる。出店コストが劇的に抑えられて、店舗の役割が根本から変わる。ただし、顧客価値を高める店舗戦略は、別の方向に進化することになる。それは、「Style Factory」に見られるように、店舗を広義のDIYを体験する場に作り変えていく試みである。デジタルの役割は、価値方程式の分子(ベネフィット)と分母(コスト)の両方にバランスよく機能することになる。

 

<注>
*1 本稿の前半は、拙稿(2021)「withコロナ/postコロナ時代のビジネスモデル(全編)」『創造の架け橋』(3月号)をもとに書かれている。後半は、カインズの池照直樹本部長(デジタル戦略本部)のインタビューを参考にしている(2021年6月17日)。
*2 拙稿(2012)「withコロナ/ postコロナ時代のビジネスモデル(後編):POSTコロナを生き抜く企業群」『創造の架け橋』(5月号)。
*3 本節の記述は、以下のインタビューを参考している。土屋裕雅(2021)「Creative in You:ビジネスに足りなかったのは、想像力だ。」『Forbes Japan』(4月号)、高家正行(2020)「TOP INTERVIEW:カインズのデジタルトランフォーメーション」、池照直樹「カインズらしさは、「商品」「店」にある」『月刊マーチャンダイジング』(6月号)。