SAPジャパンとダイヤモンド・フリードマン社主催の、流通セミナー「Retail Intelligence 2008~競争優位を実現する小売業の経営革新とIT戦略ビジョン~」で基調講演を担当した。米国発の金融危機が深刻な様相を呈しており、世界的な景気後退の足音が聞こえる。そうした状況で、小売業はどう生き残るのか、効率的な経営のための改革とITの果たす役割について先進事例をあげて解説。会場には多くの小売業関係者がつめかけた。
今後の流通革新の芽は農業とサービス業の分野にある
マーケティングと流通イノベーションは、歴史を振り返ってみると、約250年前の産業革命からはじまった。産業革命の基本は動力革命であって、エネルギー投入と原材料投入の効率でイノベーションが起こった。その後にプロセスの生産性が高まるための準備段階だった。それから100年後、大穀倉地帯だった米五大湖周辺で、大量生産・大量販売の仕組みの変革につながるマーケティング革新が起こった。大恐慌直前に農産物の生産販売をさらに効率化するために、大量物流やチェーンオペレーションといった小売流通革命が起きたが、50年前にコンピュータが登場してからはIT利用による流通革命が進んでいる。
ITの導入は、システムを便利にするように喧伝されているが、実はより複雑化する側面もあることを理解しなければならない。複雑になった社会システムの課題を解決するソリューションツールとしてITは存在している。
歴史を整理すると、農業社会から工業社会に変貌し、さらに情報社会を経て消費者が商品やサービスの価値を自分で評価していく体験社会に移行している。しかし、消費者はモノを作るスキルはなく、製造者と協創価値を生み出すことで体験社会が拡大しており、その基本にあるのがITなのである。
農産物の販売システムとしてマーケティングはスタートしたが、現在までグローバルな競争に耐えて今日も生き残っている流通業は、シンプルに筋肉質の経営体質をもった企業である。重要なのは、流通業は顧客の問題を探り、その問題解決を提供することである。そのためには、接客におけるサービス品質の向上とシンプルでわかりやすい売場構成が必要である。さらに、新しい理論としてのサービスドミナントロジックをあげておく。つまりサービス主体論ということで、これはモノとサービスを区別しない考え方でありこれによりマーケティングはよりシンプルになっていく。
日本の戦後流通史をみると、6つの時代に区分できる。50年代の物不足の時代から60年代は大量生産・販売の時代へ。70年代にはチェーンストアが台頭して、80年代は高付加価値/ブランド志向の時代を迎えた。90年代は流通国際化と価格破壊が進行し、2000年代になって環境マーケティングの時代である。
今後の10年の近未来を予想すると、2010年代は流通業界で上位集中が進み、本格的なPBの時代(小売業による後方垂直統合)が到来するだろう。日本の小売業が30年前に抱えていた課題は、①経営規模が小さいこと、②商品が安定供給できない、③最終粗利が小さい、④事業経営ができていない、⑤日本人の生活は貧しかった-の5点に集約される。①はチェーン化による取引ロットの拡大や品質向上で、②はある時期から国内メーカー品と輸入品(主としてアジア産品)を組み合わせることで、③は回転率を高めロス率の低減とコストダウンで、④は情報と物流システムへの投資で、⑤はライフスタイル提案や特定カテゴリでの価格破壊で解決してきた。実はこれらの改革を地道に実践した企業が生き残ったのだ。
資材やエネルギー価格の高騰、環境意識の高まり、少子高齢化やデモグラフィックスの変化など、流通業を取り巻く環境は変化している。革新=イノベーションは非常識を思われることを実行することである。その点で今後の流通革新の芽は、農業とサービス業という低生産性といわれている2つの分野にあるのではないかと思っている。(止)