【柴又日誌】#50:下町情緒(浅草寺、さくら鍋中江、浅草演芸ホール)

 梅雨が明けた途端に、酷暑の夏がやってきた。外気温が34度の日に、東京下町の浅草界隈を散策した。緊急事態宣言などどこ吹く風で、浅草寺の仲見世通りの人混みはすごかった。お目当ては、さくら鍋の中江。明治初期から続く老舗で、建物は隣の土手の伊勢屋とともに、都の文化財に指定されている。

 

 中江の店は、浅草寺・雷門から少し離れたところにある。いつもは神谷バーの前でタクシーを拾うのだが、昨日は池袋駅行きの都バスに乗った。ソープランド街がある吉原大門前の停留所で降りて、大通りを挟んで信号を反対側に渡った。

 土手の伊勢屋(ごま油の天丼で有名)の前には、紫色の琉球朝顔がこんもりと茂っている。ランチタイムだけの営業なのに、伊勢屋はいまでも大人気店だ。12時少し前で、20人ほどが店の前に並んでいる。立っているだけでも暑い。汗がじっとりとシャツを濡らす。いつもより客層が若い感じがした。

 ランチを予約しておいた中江の方は、店内はひっそりとしている。その時点で、お客は2組のみ。何年かぶりで訪問することになったので、店主に事前に電話を入れておいた。「さくら鍋 中江」。070-で始まる携帯の番号が、電話帖に残っていた。懐かしい声だった。数分、短い会話をして「また、のちほど」と携帯電話を切った。

 

 数年ぶりの中江は、店のつくりはほとんど変わっていなかった。店内はこぎれいに保たれている。隣の土手の伊勢屋が、てんぷらのごま油で壁がねっとりしてるのとは対照的だ。上がり框で下駄箱にシューズを乗せて、検温装置に顔を寄せる。平熱の36.5度。相方の女性が登場するまでの間、事前にメニューをチェックしておいた。店主の中江さんは、ジャーナリストっぽい若者と、なにやら取材の打ち合わせをしている。

 ランチタイムのさくら鍋セットは、お一人様2980円、3980円、4980円の3つから選ぶようだ。待ち合わせの正午ちょうどに相方があらわれた。タッチパネルのメニューを示すと、「お腹がすいているので、たくさん食べられます!」と間髪を入れずに答えてくれる。さくら肉の握りがついた3980円のコースを選んだ。

 飲み物は、もちろんアサヒビールのノンアルである。食事がはじまると、店主の中江さんが席にやってきた。15年ほど前、最初に中江にやってきたときの話で、大いに盛り上がった。あのときのプロジェクトで取りあげた「馬油」(ばーゆ)が話題になった。店内に馬油のパンフレットが置いてあったので、わたしから彼女にプレゼントしようとした。

 ラッキーだった。彼女が携帯で素早くQRコードを読み込んで会員登録をしたら、馬油の試供品(サンプル2本)をいただくことになった。久しぶりのさくら鍋はおいしかった。「中江さんのさくら肉、やわらかかったです」(Mさん)と大満足でランチタイムを終えた。

 

 彼女はわたしが顧問を務めている会社の事務員さんである。社長秘書の仕事もしているので、雇われている身としては「とても大切な人」である。会社は神田にある。だから、浅草界隈はめったに訪れることがないだろうと推察した。出身も東京西地区のあきる野市である。

 そこで、ランチの後は、浅草園芸ホールで落語鑑賞をすることを提案した。吉原大門の前でタクシーを拾った。捕まえたタクシーの運転手さんは、下町を根城(フランチャイズ)にしていないらしく、この地域については不案内だった。浅草演芸ホールの場所はもちろん知らない。伝通院近くでタクシーを降りた。

 わたしが携帯で場所をチェックしている間に、彼女は窓口までさっさと近づいて、二人分のお金を払ってしまった。こちらから誘っておいて、申し訳ないことをしてしまった。昼夜の入れ替えありで、木戸銭は3000円。数年前から比べて、随分と料金が値上がりしていた。

 

 12時から食事をはじめて、中江では1時間半ほどランチタイムを楽しんだ。浅草園芸ホールについた時点で、時刻は2時を少しまわっていた。客席に続くドアを押して中に入る。通路は、すこしおしっこの臭いがする。建物の設備がやや古いのか、換気の具合がよろしくないとみえる。

 着席してからぐるりと周りを見渡すと、1~2割の客の入りだった。落語家さんが、高座から一瞬で客数がカウントできる程度の入りだ。こんなときは、くすぐりを入れても、いまいち客の反応が悪い。

 中入りの直前で、演者は古今亭寿輔さん。噺はなんだったか忘れたが、盛り上がりに欠けた高座になった。寿輔さんは、首をふりふりすごすごと楽屋に退いていった。昼席の寄席ではよく見かける風景ではある。

 

 ここで、参考までに、昼席の中入り後のプログラムを紹介してみる。

 

 令和3年7月18日(日曜日)プログラム

 【昼の部】

  ・・・・・(前略)

  落語  古今亭 寿輔

   仲入り 2.10 (2時10分の意味)

  講談 神田紫

  漫才 京太・ゆめ子

  落語 三遊亭 遊吉

  落語 桂 歌春

  曲芸 ボンボンブラザーズ

   3.25

  昼の部主任

  落語 春風亭 柳橋

  大喜利

  「アロハマンダラーズ」

   4.20

  終演

 

 仲入り後は、すこしずつ場の雰囲気が変わっていった。観客が増えてきたこともあるが、寄席の雰囲気は聴衆が作り出すものだ。落語や漫才の鑑賞に慣れている客がいると、その人たちの笑いで舞台の雰囲気が劇的に変化するものだ。いずれにしても、歌春さんが高座にあがるころには、笑いの質と客席の反応が変わっていた。

 柳橋さんの落語で、昼席の幕が降りた。大喜利のプログラムは、フィナーレのアロハマンダラーズの特別公演。フラダンスの振り付けもついて、夏らしくてよかった。落語を聞いているときにわからなったのだが、彼女は実は3年前に浅草演芸ホールに落語を聴きに来ていたとのこと。余計な心配、説明をしてあげる必要がなかった。

 梅雨の明けの日曜日、楽しい一日が終わった。さくら鍋から落語鑑賞へ。浅草寺でお参りをして、最後は都営浅草線前の花屋さん(Miffy Flower@akakusa)で、彼女にハーブを持たせて別れた。接待の出来は上々だっただろう。

 落語や漫才、曲芸は、たまに行くとおもしろい。やっぱり下町散策はいいですね。つぎの相方を募集します。

 

 ちなみに、わたしのインスタグラムに、昨日の写真(中江さん、浅草寺、浅草演芸ホール)を掲載してあります。下町情緒をお楽しみください(https://www.instagram.com/p/CRdnnimg9vY/?utm_medium=copy_link