【柴又日誌】#40: ご近所さんつながり

 緊急事態宣言は解除されなかったが、昨日(3月6日)、友人の恩田達紀さんを、高砂駅前の「寿司ダイニングすすむ」さんにご招待した。恩田さんは、いまは横浜にお住まいだが、生まれは葛飾区金町である。川魚料理の川甚や川千家などのこともよく知っている。

 

 子供のころは、帝釈天裏の江戸川の土手で遊んでいたそうだ。ご実家は、金町の水道局の近くだったらしい。

 恩田さんは海外生活が長い。元は野村総研のコンサルタントで、いまでもアジア関係とりわけ中国ビジネスとの関係が深い。去年までの一年間は、ハーバード大学で客員研究員をしていた。専門は、米中関係の政治と経済である。

 恩田さんにはじめてお会いしたのは、三菱UFJ銀行の海外コンサル部門にいらしたときである。そのころのわたしは、中国のアパレル市場とコンビニエンスストア、自動車産業を対象に、科研費で調査研究していた。ZARAやH&M、日本企業で上海などに進出していたユニクロやハニーズ、バロック・ジャパンなどの競争力の比較研究である。

 あのころ(2006年~2009年)は、中国人の反日感情が強烈で、ユニクロの店舗がしばしば暴動の被害にあっていた。しかしながら、ユニクロの上海(外国資本に対して最も寛容な場所)と南京(反日感情が最も強い場所)を同時に調査した結果では、将来的に中国市場でユニクロがトップになることは確実であることが予想できた。外資の2強を押しのけて、現地資本(メテルスボーン)や香港資本(ジョルダーノ)は論外で、ユニクロが10年以内に中国で最大シェアでトップに躍り出ることは間違いなかった。

  

 そういえば、電通のブランドコンサル部門と一緒に、トヨタ自動車の調査で上海、北京、成都のグループインタビューに同行させていただいたときである。そのタイミングで、当時は上海に駐在していた恩田さんにお会いすることになったのだと思う。記憶はややあいまいだから、もしかするとユニクロの調査か、ローソンの現地リサーチの時だったかもしれない。

 その後も、折に触れて恩田さんとはお会いしている。恩田さんは、米中の対アジア戦略に詳しい実務担当者である。研究者のわたしにとって、恩田さんとの会話は、何事にも代えがたい貴重な情報を提供してくれている。恩田さんが米国に滞在していたころは、コロナの最中でも、夜中にLINEでやり取りをしていた。米中関係について、多くの重要な示唆をいただいていた。

  

 ところで、昨夜、「寿司ダイニングすすむ」さんを会食の場所に選んだのは、店主のすすむさん(本名は、進一さん)がロサンゼルスに滞在していたことを知っていたからだった。すすむさんの実家は、お花茶屋のお寿司屋さんである。ご本人は開成高校を卒業したあと、日本の大学ではなく米国のカレッジに進学した。場所はロスの北地区で、恩田さんもそのころ、日本の外食チェーンの西海岸への進出をお手伝いしていた。

 ここから先の話は、恩田さんとすすむさんのやり取りで初めて知ったことである。すすむさんは4年間の米国留学の後、マレーシアのクアラルンプールに渡り、日系の回転すしチェーン(すし金)に社員として勤めることになる。2年後に日本に帰国しても実家には戻らず、チェーン店や個人のすし屋で数年間修業をした。そのあとで、8年前に高砂駅前で独立開業している。

 異色のそのときのキャリアを活かして、いまは「すし屋の独立開業本」(タイトルは未定、12月刊行)を執筆している。出版元として、同じくご近所さんの金町在住で、わたしの友人の村上直子さんを紹介した。これも、何かのご縁である。全員が金町・高砂と何らかの関係をもっている下町の人である。

  

 「すし屋開業本」については、多少のアドバイスはしたが、すでにわたしの手からは離れている。村上さんの会社からの出版が予定されている。どんな本に仕上がるのか、楽しみにしている。

 コロナ感染拡大による緊急事態宣言は、すすむさんの書籍刊行に関しては「吉」と出ているようだ。緊急事態が一か月のはずの期間が、さらに一カ月半延長になって、執筆は思ったより早く進んでいるらしい。寿司を握ってもらいながら、「12月発刊予定が、前倒しになりそうです」(すすむさん)とのことだった。

 恩田さんとすすむさんは、年は2回りは離れているが、育った環境は似通ったなものだろう。カウンターからのふたりの話を聞いていて、そう思った次第である。ご近所さんのつながりは、回転ずしの座席では確認しようがない。それだけでも、独立開業のすし屋さんの市場機会はかなりありそうなことがわかる。

 

 そんなことを、閉店までの2時間半ほど三人で話していた。恩田さんとは、「次回は川千家あたり、川魚料理でも」ということになった。わたしはこのところ、足腰に不具合が出ている。電動アシスト自転車をこいで、横浜に戻る恩田さんを高砂の駅まで見送った。

 横浜の山の手にあるご自宅までは、京成高砂からは電車を乗り継いで1時間45分ほどかかるとのこと。そういえば、半年前に食事をした台東区根岸にある居酒屋「川木屋」からも、ずいぶんと時間がかかったらしい。またの再会を!

 約束して帰宅後に、恩田さんからはこんなメールが戻ってきた。

 「かつしかは、ところどころが映画のセットのようで、ところどころで記憶がつながって、思い出が都度よみがえりました。人の思いや心があるきっかけで、つながっていく楽しさを感じました」

 直接の会話が、人とのつながりを想起せます。人間同士は、場所や風景の記憶でつながっています。