【新刊紹介】 田中宏隆ほか(2020)『フードテック革命:世界700兆円の新産業「食」の進化と再定義』日経BP(★★★★)

 世界の食分野で進行している技術革新(フードテクノロジー=食品技術のイノベーション)を紹介した新刊。(株)レッグスの谷丈太朗さんからLINEメールで「これ、おもしろいです」と推薦された一冊。とくに前半部分は、米国のフードテック事情が詳しく紹介されている。農と食の関係者は一読の価値あり。

 

 帯には、「世界最先端のフードビジネスがわかる!」と書いてある。この頃、日経新聞などで紹介されるようになった「植物肉&培養肉」「キッチンOS」「ゴーストキッチン」「食のパーソナライゼーション」「フードロス」「フードロボット」などのバズワードが満載。必ずや勉強になるはず。

 2016年に著者(ら)がシアトルで開催された「SKS(スマート・キッチン・サミット)」に参加したときの衝撃から、本書の記述が始まっている。2008年のiPhone発売で、日本が持っていた「(携帯電話の)技術的優位性」が失われた。その8年後に今度は、食の分野でも、日本の食関連技術の優位性が崩壊する悪夢が再来していることに筆者は気づいてしまった。

 日本人は、いまや世界遺産となった健康食品=和食の独自性や国内のミシュラン★レストラン数、食品加工分野の技術優位に胡坐をかいている。米国で進行しているフードテック(*)の進化に気づかないうち、技術面では日米の優位性が逆転してしまっている。その危機感から本書は執筆された。

 *注:「フードテック」とは、狭義では食のシーンにデジタル技術(特にIoT)やバイオサイエンスなどが融合することで起こるイノベーションのトレンドを総称した言葉(20頁)。 

 

 序章のタイトルが、「フードテック革命に『日本不在』という現実」。フードテックにおける日本の技術的な遅れを象徴する表現として使われている。

 たしかに、個別の技術に関していえば、不二製油(大豆ミートの製造技術)や味の素(Lグルタミン酸の発明と活用)では、世界に通用する一流の技術を持っている会社もある。しかし、フードテックのビジネスクラスター(産業集団)は、著者がシアトルでSKSサミットに参加した時点で日本には存在していなかった。

 フードテックのビジネス誕生の背景と技術的なフロンティアが前半(1章~8章)で紹介されている。1章~3章が、米国(一部、欧州)で進行中の全体的なトレンドの紹介と、その日本の食品産業への意味づけ。

 4章以降(~8章)は各論になっている。前半で取り上げているトピックスは、「代替プロテイン(バイテク)」(4章)、「食体験のイノベーション(IT活用)」(5章)、「食の個人対応(パーソナライゼーション)」(6章)、「外食の変革」(7章)、「食品小売業の変化」(8章)。

 なお、最後の2章分(9章と10章)は、筆者らのSKSジャパンの取り組みと提言をまとめたものである。

  

 情報的には興味深く、とても参考になった。タンパク質の先端技術については知らないことは多くはなかった。残念な点はつぎの3つである。

1 全体的に、各論(4章~8章)があっさりしている。記述が表面的で深みに欠ける。たとえば、社会や産業への技術的なインパクトをもう少し掘り下げてほしかった。フードロスや食の個人化がもたらす結果とビジネスへの参入の切り口を、もっと業界関係者は知りたいはずである。

2 ビジネス的な成果と個々の技術との関連が、全般的にざっくりしすぎている。もっと詳しく知りたい専門家には、何らかのガイド(追加資料)が欲しいだろう。 

3 フード・イノベーション・マップ(V2)で描かれている「食文化的側面」や「孤食・個食の回避」などについて、さらに深い議論が欲しい。少なくとも、イントロの触りだけでもあるとよい。

 

 以上、全体的に枠組みを整理してほしい面はあるが、情報的な価値はかなり大きいと思う。記述が米国中心で、欧州人の考え方はちがう気がするのも気になった点(小川・青木、2020を参照のことと)。結構分厚い本なので、前半部分だけでも読むことをお勧めしたい。