(その49)「帰省を自主規制する心理と論理」『北羽新報』(2020年8月29日号)

 夏休みの最終週はさすがに外出していた。しかし、8月はほぼ自宅周辺で過ごしていた。外出の自粛である。仕方がない反面、精神衛生面や日本経済のことを考えたら、もう少し人間は動いてもかまわないのではなかろうか?コロナの現状に対して忸怩たる思いを抱いているのはわたしだけでもないだろう。

 
 地元新聞に、帰省のことを書かせてもらった。自主規制で町が灯が消えたようになっている。外食と観光はたいへんな状態だ。日本人の生真面目さがマイナスに出ている。私はそう感じている。
 
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「帰省を自主規制する心理と論理」『北羽新報』2020年8月29日号
 文・小川孔輔(法政大学経営大学院・教授)
  
 周囲の友人・知人に聞くと、今年のお盆期間は帰省を控えた人が大多数のようです。ある調査によると、約3割の方が県境を跨いだ移動はしないと答えていました。首都圏在住の学生たちに授業中に尋ねたところ、約2割が自宅近辺で夏を過ごすと言っていました。
 政府が主導して決めた「GOTOキャンペーン」の割引適用者から、東京都民が除外されたことも、8月中の移動を自粛させることに輪をかけたようです。いずれにしても、当初に目論んでいた経済効果はかなり薄まったことは間違いありません。
 新型コロナウイルスの感染が5月以降に終息に向かったことで、夏休み期間の自粛はないだろうと筆者は予測していました。4月に予定していた実母の一回忌も延期になり、さすがに夏場は家族や親戚に声がけをして実施しようと思っていました。
 ところが、7月以降は都内で感染が広がり、一度は復活した対面授業が再びオンラインに戻りました。学部生や院生の中には、学期の途中で退学を申し出る学生が出始めています。最近になって立命館大学が実施した調査によると、オンライン授業に馴染めなかったり、将来の就職に不安を感じて退学を考えている学生が1割弱いるとの結果が報告されています。
 
 大学の経営もむずかしいところに差し掛かっています。キャンパスがほぼ機能していない状態です。理工学部系の学生は実験がありますから、かろうじて研究室で授業を実施しています。しかし、文系学部や大学院の学生は、まともな教育が受けられているかどうか?教える側も疑問を感じながら、オンラインで授業を実施しています。わたしのようなフィールドワーク(店舗調査や現場作業、インタビューなど)を中心に教室を運営している研究室は、生物系学部と同様な扱いをしてほしいと思いますが、現状では大学の対応は一律です。
 ところで、地方出身の学生は、この夏は地元に帰省しているようですが、一部で東京の大学に進学した学生に帰省を控えるよう圧力がかかっていると聞きます。新入生にしてみれば、オンライン授業で4ヶ月過ごして、クラスで親しい友人ができるわけもありません。夏休みは地元に戻りたいでしょうが、受け入れる地元側が「東京在住人拒否症候群」にかかっています。コロナの後遺症で、帰省に関する自主規制が蔓延しているというわけです。
 わたしの子供たちは、3人中2人が関西地方に住んでいます。東京人に対する差別が厳然としてあるので、こちらから子供や孫たちを東京に呼び寄せるわけにもいきません。ところが、データを見ると、人口当たりのコロナ感染者の比率に大きな差はないはずなのですが、GOTOキャンペーンから東京人を除外した結果、非科学的な移動差別が横行しています。
  
 最後は、ほとんど嘆き節になってしまいます。現場でのインタビューや現地調査が主体で仕事を組み立てている研究者としては、移動の自粛は学問の生産性に影響します。理科系に許されている実習が、どうしてフィールドワーク主体の文系クラスに許されないのか疑問です。文系教育に対する非論理的な差別に憤りを感じています。
 わたしの研究室のような文系クラスの学生や社会人は、実際には現場を必要としています。なんとなくですが、全国一律の規制、データによる科学的な判断の不在、大衆心理で動いてしまう世論の現状を憂えているのはわたしだけではないと思っています。