「㈱物語コーポレーション」の創業者、小林佳雄会長の企業理念を紹介した著書。著者の西川氏は、経営コンサルタント出身で物語コーポレーションの社外取締役。同社の社是がぶっ飛んでいる。Smile&Sexy!「上場企業の社是としてこの理念はふさわしくない!」と、株式公開の際に幹事証券から忠告を受けたという。
もちろん、そのまま2009年に上場を果たしている。それはそうだろう。創業者が思い描いた社是を変えるなんて、証券会社でもありえないことだ。しかし、スマイルはわかるが、「セクシー!」はありえないかも。しかし、よく読めば立派な経営理念だと思う。
本書の記述は、人類には本来的に「狩猟採集民族の遺伝子」が組み込まれているという主張からはじまる。「集団で行動すること」が、人間の脳の機能に刻み込まれていた。そこから人類はほとんど進化をしていない。
だから、近代的な会社組織であっても、その前提に変化はないはずだ。組織を動かす原理は、人と人との間のコミュニケーションが基礎になる。会社組織をそのように組み立てるのが自然である。そう考えると、顧客対応の設計は、「おせっかい」なくらいの接客が推奨される。
この思想は、若かりし頃の小林会長の米国放浪体験が背景にある。そして、その後の挫折が、いまの会社のバックボーンを形成していることが前半で述べられている。豊かな家庭で育った二代目経営者が、母親の商売をビジネスに変えていくプロセスが上手に語られている。後半は、物語コーポレーションの組織特性の解説へと続いていく。
ちょっと残念なのは、前半の企業理念の説明に比して、後半の事業の仕組みや従業員の働き方を解説した部分が物足りないことだ。わたしならば、①なぜ同社が多業態(複数の焼肉業態、ラーメン業態、プレミアム割烹業態など)を展開するようになったのかと、②人材開発(教育研修)にこれほど力を入れているのはどうしてなのかを、経営理念以外の要因から合理的に説明してみるだろう。
同社のHPや本書から受ける印象では、同社は「不断の変革」(変わり続ける組織特性)を仕組みとして持っていることが推察できる。例えば、対象例として挙げると、ファーストリテイリングは、柳井正社長本人が「ユニクロの変化力」を駆動している。しかし、物語コーポレーションの場合は、早期に家族以外のナンバー2やナンバー3を育成できている。
創業者の小林会長は現社長に事業を任せて、自分はかなり早期に代表権を返上している。それができるのは、理念経営に成功しているからだと考える。通常の大企業と、リーダーシップの在り方がちがっている。実は同社の強みは、トップの「権限委譲力」と「こだわりのなさ」にあるように思う。
わたしの仮説は、「セクシー=生き方の軽やかさ」である。この仮説を、創業者会長の個人史と同社の歩みから、合理的に説明してみたいと思う。
学生が本書を読んだら、どんな感想文を書いてくるだろう。楽しみではある。とりわけ、Smile&Sexyという社是に、どのように反応するだろうか?これほどユニークな企業理念をもった会社はめずらしい存在である。同社が事業展開する「焼肉きんぐ」を利用している学生はたくさんいたが、この社是は知らないだろう。
なお、3月3日には、東京のオフィスで、小林会長のインタビューを予定している。大学院での授業内講演も実現することになった。わたしは会社名をかなり前から知っていたが、正直、創業者はかなり変わった経営者だろうと想像していた。
そして、取材依頼にあたって、すこし驚かされたことがあった。ある規模の企業の場合は、経営者にインタビューや講義をお願いするとき、通常は秘書や社長室長が対応してくれる。小林会長の場合は、本社のある豊橋市在住の友人、水谷朱美さん(ヴェルディ社長)の紹介でインタビューが実現した。
ところが、会社名=「物語」や経営理念=「スマイル&セクシー」が示すように、見ず知らずの段階であっても、ご本人が直接わたしの携帯に連絡をとってくれた。ダイレクトなコミュニケーションを重視する「速攻の経営者」だと感心した。意外だったのは、そのときの電話での応対がとても丁寧だったことである。社是がセクシーなのも、そのときの小林さんの対応で納得できた。