「嫌韓」現象とラグビー日本のダイバーシティ

 『ニューズウイーク日本語版』(2019年10月15日号)で、ふたつの素敵な記事を読んだ。荻上チキと高史明の共同論文で「心理学で解く「嫌韓」現象のメカニズム」。もうひとつは、ノンフィクションライターの石戸論による「ラグビー日本代表、分断と対立を超えて」。

 

 前者は、戦後の右翼ナショナリズムの台頭とその起源についての論考。昨今の「嫌韓」や「嫌中」の背景には、ネット右翼の台頭と旧右翼の糾合がある。この社会学的な分析は、優れた論考になっている。大いに納得であった。両者の合流が、「嫌韓」に対するメディアの対応(悪乗り)を生んでいる。ここも鋭い分析だった。

 この論考を読んで、個人的にも大いに反省することがあった。つまり、韓国に距離を置くわたしの思考回路は、マスとメディアとSNSの両方に、知らず知らずに影響を受けていること。明らかに、過大な「嫌韓国情報」のシャワーと歴史的に認識にずれが、わたしの中で偏見を生んでいること。

 個人的に本日、ひとつのことを決めた。つまり、これ以降は、「ヤフコメ」(ネットニュースのヤフーのコメント欄)をスルーすること。コメントを読むと、明らかに「嫌韓」の意識を増幅されてしまうからだ。その他のネットニュースも同じだ。バイアスはよろしくない。

 

 もうひとつの記事(BY石戸氏)は、久しぶりに明るい話題の論考を読むことになった。台風19号で被災したひとたちにも、先週末のラグビー日本の大活躍は、大いなる希望を与えたのではないだろうか?スコットランドに勝利した桜のユニフォームを来た選手のうち、約半分が「日本人」ではない。

 出身地も国籍もバラバラ、つまり多様なのだ。しかし、ラグビーのすばらしいところは、世界選手権の出場要件は、国籍ではなく出身地や現在の居住地であること。日本チームの代表に選ばれる条件が国籍ではないことがすばらしい。人種や国籍が多様であることが、現在のチーム日本の強みになっている。

 プレイに感動を呼ぶのも、ダイバーシティが強さを生んでいるからだろう。そこの分析が見事になされている。石戸氏の選手に接するルポの手法も素晴らしかった。ライターとしての姿勢がとても温かい。

 

 マイナスの嫌韓現象も、プラスのラグビー日本の活躍も、裏を返してみれば同根である。偏見と寛容さは、コインの両面である。感動を生むのはどちらか?人間や社会を成長させるのはどちらか?それは言わなくともわかることだろう。