日本経済新聞社の吉田忠則編集委員が、昨年9月に、『農業崩壊:誰が日本の食を救うのか?』という本を刊行している。吉田氏には、『農は甦る』(2012年)と『コメをやめる勇気』(2015年)の二冊の著書がある。三冊目の『農業崩壊』(2018年)も話題になった本で、しばらくは机の上に積んでおく状態だったのだが、正月休みにようやく読了できた。
刺激的な良書である。日本の農業について、新しい知識と興味深い視点を得ることができた。ビジネス書としての論評はブログで取り上げるつもりでいる。ここでは、花産業の過去と未来に関連した論点から、農業の一分野としての花産業について論じてみたい。
本書は、3部構成になっている。第一部「農業と政治の相克」、第二部「「植物工場の」悪夢と光明」、第三部「「企業参入」成功の条件」である。各パートは、花産業が歩いてきた“過去”と関連している。本書を読みながら、わたしは強烈な既視感(デジャブ)に襲われた。
第一部では、小泉進次郎の「農政改革」を取り上げている。著者の小泉改革評は、おおむね高得点である。評点が高いのは、コメ農家を中心にした農協組織(全農)を政治の力で押さえつけるのでなく、自助努力での改革に道筋をつけた進次郎氏の手法に対するものである。
翻って、花業界を政治的な関与という観点から眺めてみる。最近でこそ議員立法により「花き産業振興法」(2014年)が成立させたが、これまで花農家は政治の力に頼ることなく、自らの努力で事業を切り拓いてきた。温室や出荷場の建設のために、補助金や低利融資を利用することはあっても、事業そのものは政治的な支援とは無縁だった。コメ農家を中心にして、一般の農業者や農協組織がいまようやく競争の土俵に乗ろうとしている。それは、わたしたちが歩いてきた道である。
第二部では、「植物工場」という技術と人工的な設備の生産性を論じている。一般に植物工場の8割は赤字だと言われている。著者は多くの撤退企業に共通している事例を紹介しながら、二割の健闘している植物工場では現場の改善マネジメントが優れていることを指摘している。
ところで、花産業が温室栽培で取り組んでいるのは、「太陽光型の植物工場」そのものである。技術的にも設備的にも目新しいものではない。たしかに、リーフレタスなどの葉物類は、「人工光型の植物工場」で効率よく栽培されはじめている。しかし、ほとんどの花農家は、30年以上も前から「植物工場」で花を栽培している。短期間の生育とLED光源が異なるだけで、植物の栽培体系は同じである。これも、花産業では経験済みのことである。
第三部では、企業の農業参入を取り上げている。大阪花博の後(1990年代)に、花産業は200社以上の企業から花業界に新規の参入を受け入れた。歴史を振り返ってみると、ほとんどの企業は5年から10年で撤退している。一方で、いまや農地法が改正され、コメや野菜づくりの農業分野にベンチャーや大手企業が参入しやすくなった。一般の農業生産を企業が担える時代になったのである。