(その27)「農村の復権:カルビー松尾雅彦氏の功績」『北羽新報』(2018年10月25日号)

 先日本から農村が消えようとしています。農家の後継者不足と地域の疲弊が原因です。もし日本の地方から小規模農業者がいなくなってしまえば、日本の原風景も静かに消えていきます。カルビーの二代目経営者だった松尾雅彦さんは、引退後のほぼすべての時間を日本の原風景の保全のために費やしていました。

 

 フランスで始まった「(日本の)美しい村を守る運動」(北海道美瑛町の浜田町長との連携)や、「スマートテロワールの実験」(山形県や山形大学との連携事業)などです。 

 『北羽新報』の今回のコラムでは、松尾さんとの最後の対談を回顧してみました。残されたわたしたちは、日本の農業をどのように継続させることができるかを真剣に考える責任があります。

 先日からブログで取り上げている「金沢大地」の取り組みなどもそのひとつです。井村辰次郎さんや福島徹さん(福島屋会長)などが、個別にこの課題に取り組んでいますが、いまはその動きを集約して大きな運動にしていくタイミングだと思っています。

 

 

「カルビー松尾雅彦氏の功績:農村の復権」『北羽新報』2018年10月25日号
 文・小川孔輔(法政大学経営大学院・教授)

 

 研究者として影響を受けた先生や先輩、同僚はたくさんいますが、実業家でその思想に共鳴できた人はそれほど多くありません。その例外の一人が、ポテトチップスで有名なカルビーの社長・会長を歴任した松尾雅彦さんです。残念なことに、今年2月12日に、享年76歳で松尾さんはお亡くなりになりました。創業家の二代目経営者として、カルビーの成長に大きく貢献した方でした。
逝去された翌日、カルビーの広報室が発表した松尾さんの業績リストには、「馬鈴薯農家との契約栽培による、農工一体の原料調達加工体制を確立し、日本ポテトチップスビジネスを確立・拡大、また、スナック菓子市場全体の牽引にも寄与した。更に、1988年にはシリアル市場にも参入し、現在の市場の礎を築いた」と書かれていました。
 人の縁とは奇なるものです。たまたま友人からの紹介で読んだ松尾さんの著書『スマート・テロワール 農村消滅論からの大転換』(学芸出版社、2014年)の書評を書いたことがきっかけでした。書評を読んだ昆吉則編集長から声をかけていただき、『農業経営者』という専門誌で松尾さんと対談をすることになりました。二年ほど前のことです。
 二回にわたる対談は、「特別インタビュー企画:これからの農業・農村の道しるべ」というタイトルで、『農業経営者』(前・後編)で特集記事になりました。後編は、松尾さんが亡くなられた後、2018年5月号で掲載になりました。
 対談では松尾さんの独特のキャラクターに圧倒されました。日本の農業に対する松尾さんの愛情は深く、その背景には、農産物を海外に依存している日本の農業に対する危機感がありました。わたしが「松尾思想」に深く共鳴することができた最大の理由でした。
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 一般人には、カルビーという会社は、スナック菓子の「かっぱえびせん」や「ポテトチップス」、最近では、シリアルの「フルグラ」のメーカーとして知られています。ところが、カルビーという食品メーカーは、別の顔を持っています。それは、松尾さんが実業家として追求したもうひとつの道でした。
 一言でいってしまえば、ポテトチップスに使用するジャガイモをできるだけ国産にすることで、日本の農村を守ろうという考え方でした。小麦やトウモロコシ、大豆などの穀物類は、80%以上が海外からの輸入農産品で占められています。「農産物を海外に依存している限りは、日本の農業に明るい未来はない」が松尾さんの持論でした。
 日本の農村を消滅させないためには、農産物の価格を安定させることが必要です。買い手と売り手が市場で農産物を取引する「市場原理」をやめること。取引価格が乱高下することのない契約栽培に切り替えることができれば、農家は安心して農業に従事することができます。また、農産物を調達する側も、生産段階に深く関ることができれば、品質のよい作物が調達できるメリットもあります。
 農村の消滅を防ぐ具体的なアイデアが、農業と食品加工業と小売業が連携して、自立した経済圏(=スマートテロワール)を構築することでした。生前の松尾さんは、自らの私財を投じて、山形県の庄内地方で「自給経済圏」を作る実験を試みています。その拠点として、山形大学農学部に研究補助金を提供していました。松尾さんの仕事は道半ばでしたが、その遺志は長野県の実証実験にも引き継がれています。
 最後に、『農業経営者』の後編で討論した「もくじ」を記念に残しておきたいと思います。対論の論点は、今見てもなかなか興味深いものです。三度目の対談が実現できなかったことがいまさらながら悔やまれます。

 

 ▼なぜ日本の農学部は現場の役に立たないのか
 ▼山形大学で実証する
 ▼30年後の将来図を描けば若者は地域に集まる
 ▼公共を大切にする意識
 ▼スマート・テロワールの責任は誰が負うのか