2018年度から2020年までの3年間、文部科学省が大学教員の研究活動を支援する科研費が獲得できた。テーマが農学と商学の領域なので、異種間のグループを組織することになった。研究テーマは、「農と食のイノベーション研究」(正式名称はもっと長い)である。
おもしろいもので、そうなってみると、自らが設定したテーマが、思いもかけなかった新しい問題を発見するという、逆のことが起こる。これは昔からしばしば経験してきたことで、「予言の自己成就」という名前で呼ばれている。つまり、設定された課題が問題の解決を促すのではなく、答え(結論)が方法(課題)を探してくるという逆のパターンである。
そんなこともあってか、このごろは農産物の生産・流通段階で新しい取り組みをしているベンチャー企業や、農家(産地)と流通加工業者との提携プロジェクトを注意して追いかけている。具体的な研究はまだスタートしたばかりなのだが、目の前に現れてくる事例は、ほぼすべて多品種少量の農産物を独自で扱おうとしている「流通プラットフォーマー」のケースばかりである。これは偶然ではないと思う。そうした農産物の取引プラットフォームが、今の時代に必要とされているからである。
わたしが出会った取引プラットフォーマーの例を挙げてみよう。これには、ベンチャー企業たけではなく、大手食品メーカーや大規模小売チェーンなども含まれている。代表例は、「プラネット・テーブル」(全国のこだわり農家約4000軒と都内のフレンチ/イタリアンレストラン約4000軒を結ぶ卸物流会社)と「ゲイト」(東京都内で10店舗の居酒屋を経営、三重県の須賀利漁港と直接取引)。そして、「坂ノ途中」(中小規模有機農家と京都のレストラン・和食店を結ぶ卸会社)。大手では、広島県福山市の食品スーパー「エブリイ」、都内で6店舗を構える自然食系スーパーの「福島屋」(本社:羽村市)。
雨後のタケノコのように、いま新しい農産物取引システムが誕生しているのはなぜなの、だろうか? それは、これまで大量生産・大量販売のネットワークから排除されてきた、多品種少量生産を特徴とする産地(個人と組織)が実は相当数いたからである。そして、かれらは、高い生産技術を持っているので品質はかなり高いのに、多品種で少量の農産物しか供給できないため、戦後の流通革命の波に乗れなかった「負け組」である。
太い流通のパイプラインの外側にいたため、彼らは取引面ではかなり不利な立場に追い込まれていた。そして、物流の問題(運べない)や低マージン(儲からない)が原因で、最終的に農業や漁業から撤退するかどうかの選択を迫られていた。それに加えて、新規就農者も大規模生産を志向する企業的な農家ばかりではない。多品種少量で、たとえばオーガニックや西洋野菜のように、それなりに特徴のある農産物を作りたい農業者が現れていた。
ところが、瀬戸際に立たされていた農業者に有利に働く要因があった。それは、天候不順と大手量販店の利益率の低下である。野菜の供給不足と物流費の高騰は、量販店や大手飲食チェーにとっては、店頭に陳列する農産物の緊急的な確保という課題を突き付けた。
このときに調達面で有利な立場に立ったプレイヤーは、長い時間をかけて農家(団体組織)と契約栽培を交わしていた企業だった。具体的には、総菜メーカーの「ロック・フィールド」、「福島屋」や「エブリイ」のような中規模の食品スーパーだったのである。
この流通企業群の農家との取引面での特徴を一言でいえば、「長期相対一括取引」である。「畑を丸ごと購入する」のである。そして、再生産価格よりも高い値段で、農産物を買いつける。この取引方法は、大手スナック菓子メーカーの「カルビー」が、単カテゴリーのジャガイモの買い付けで、長らく採用してきた農産物の一括買い取り方式だったのである。
新規参入してきたベンチャー企業、たとえは、「プラネット・テーブル」や「坂ノ途中(FarmO)」ような農産物プラットフォームが、その方式を小規模多品種の生産農家と、都市部の独立飲食店を結び付けているのである。売る側も買う側も、どちらも取引規模が大きくないのがビジネスモデルのユニークなところである。その結果、これまでは利益面では報われてこなかった新しい取引の場が誕生している。