発売から二か月が経過しているのに、ビジネス書で一位にランキングされている(28日17時)。評価者のひとりが、最低点(★1)をつけていたが、その辛いスコアには一理ある。ボリュームで3分の2を占める第2章と第3章が、約20年前に『日経ビジネス』に掲載された記事を再編集したものだからだ。
それでも、まとまった記録として資料的な価値はあるように思う。よくあることで、本の売れ行きとその評価(アマゾンの平均点3.3)は一致しないものだ。無相関とは言わないが、ビジネス書の売れ行きは、内容ではなく購入する人の必要で買われているという側面がある。致し方がないことだ。きびしめの評価は、コンテンツのオリジナリティに問題があったからだろう。
それでも、サイゼリヤの正垣会長風に言えば、「売れてる本は、いい本」なのである。わたしは、本書の評点を(★4)としているが、第1章(インタビューの10節分)と終章(書下ろし)はそれなりにまとまっている。
本書のよいところは、取締役会や指名委員会を挟んで、鈴木氏が会長を退任するまでの事実経過と、鈴木氏のセブン&アイ内での立場に対して記述に偏りがない点だろう。というのは、このごろの日経(新聞や雑誌)の記事は、大手企業に対してやや同調的にすぎると感じることがあるからだ。東洋経済のように、もう少し批判的な記事を書ける記者がいてもいいと思う。
書名の「孤高」はとてもセンスがよいと思った。書名で売れているのかもしれない。どんなひとが本書を購入しているのだろうか。流通関係者?一般ビジネスマン?学生は読まないだろう。
内容は、アマゾンの書誌情報で紹介されているので、ここでは簡単に済ませてしまう。
第1章「鈴木敏文、半生を振り返る」(20~80頁)は、10個の節から構成されている。この部分は、日経ビジネス編集長(飯田展久氏)が鈴木氏の退任後、独占インタビューした記事を転載したものである。個人的には、日経ビジネスで連載中にすでに読んでしまっていた。初出のものではないが、通して読んでみると、内容がコンパクトにまとまっていることがわかる。
本書の帯には、「サラリーマンからカリスマ経営者に駆け上がった男が真相を明かす」と書かれている。「真相」とは、創業家(伊藤家=資本家)と鈴木氏(経営者)の間で起こった”お家騒動”の裏事情という意味だろう。第一章で鈴木氏が淡々と述べていることが事態の正しい解釈だろう。それにしても、事業を暗黙裡に付託されていた鈴木氏と、創業者の伊藤氏とは、本書の表現にもあるように、実に「微妙なバランス」の上に築かれていた関係だった。
世の中を変える大きな仕事がひとつの組織によって成し遂げられるとき、権力者同士(強い2人=鈴木と伊藤)のパワーに二重構造が生じるのはよく起こることだ。伊藤氏と鈴木氏の間には、平和な40年間でも「資本と経営の分離」のバランスがそれほど安定していたとも思えない。
それは、過去の記事を整理した第2章「鈴木と伊藤、最強の2人」と第3章「鉄壁のセブン帝国」から、長いセブン&アイの歴史を紐解くと明らかである。たまたま、セブンイレブンが順調に成長していき、イトーヨーカ堂が業革で一時的に業績を回復できていたからだった。百貨店などの買収が不調に終わり、総合スーパーが瀬戸際に立てば、良好なパワーバランスもかじの取りようがなくなる。
そもそも船頭がいなくなってしまったいま、セブン&アイは存亡の危機にあると言えるだろう。鈴木氏のなき後、創業家や外部の資本は、セブン帝国を解体してしまいそうだ。かわいそうなのは、従業員とコンビニのオーナーたちだろう。いったん業績が下降し始めると崩壊は早い。幸運の到来と、救世主となるスーパーマンが登場するのを待つしかない。
この本を読んで、ますます「ローソンがセブンを超える日が近い」と確信できた。この先の3年間は、ローソンとファミリーマートが互いに競い合いながら、セブンイレブンに追いつき追い越していく未来を想像することができる。
鈴木氏は本社隣のホテルに執務室を構えてはいるが、静かに表舞台から消えていくのだろう。自らの築き上げたセブン帝国が四分五裂の状態になりそうないま、どのような思いで本社を眺めているのだろうか?旧鈴木派の城内からの追放(パージ)は、容赦なく進行している。
セブンの未来を託したはずのオムニチャネル戦略は、アイデア(概念)で終わってしまった。どんな優れた経営者にも、終わりはやって来る。人の命は永遠ではない。本人がそのように自覚はしていても、優れた経営者が自らに引導を渡す例はあまり見たことがない。それは立派な経営者たちに特有の「業」なのだろう。