わたしは「いつも忙しそう」だと言われる。神戸大学元教授の石井淳蔵先生に、「小川さん、なんでそんなに働くのですか?」とまじめに問われたことがある。教育も研究も業界活動もマラソンも全力投球で取り組んでいるからだろう。だから、石井さんの問い対しては、「達成感を求めて」と答えるしかない。
ただし、気を付けていることが一つだけある。それは、一日24時間、一週間の7日間、一年365日を「一生懸命」のために使いつくさないことにだ。外部の仕事を受けるときや、自分たちで共同プロジェクトを仕組むときは、原則として二割の余裕を設けることにしている。
英語で「冗長(度)」をあらわす概念は、Slack(スラック)と呼ばれる。仕事がびっしり組みまれて余裕のない状態でなく、スケジュールの中に一定程度の「弛んだ時間」を持つことを意味する。上手に仕事をするコツは、全体の計画に適度にスラックを持たせることである。
その割合は、全体の20%くらいではないかと思う。一日に2~3時間(睡眠時間を除くので)。一週間なら丸一日、一か月に7日間(一週間分)。一年では2か月ほど。ゆったりの時間をもつことが、体力を温存させて、気持ちに余裕を持たせる。
それでは、わたしが2割のスラックを仕事に組み入れている本当の理由を、みなさんは推測できるだろうか?それは、緊急事態に備えるためである。たくさんの人や組織と仕事をしているので、わたしの周囲では、常に異常事態が発生する。24時間体制で、わたし自らが出動する必要が生まれる。
もしわたしのスケジュールに余裕がないとすると、出動のタイミングが遅くなってしまう。また、緊急対応をするために、他のレギュラーな仕事に支障が出てしまう。50歳をすぎたころからそのことに気づいたので、スケジュールには2割程度の余裕を持たせるようにした。実は、本当にはそんな忙しくはないのだ。
冗長な時間をもっているので、何にも起こらなければ、この時間は自由に使える。その楽しみは結構大きい。走ったり、映画を見たり、美味しい食事をしたりできる。「先生ほど、楽しそうに生きてるひとは見たことがない」(杉山さん)と言われる秘訣は、時間にスラックを持たせているからだと思う。
さらに付け加えるならば、その時間は、急に困った事態に陥った「誰か」を救援(レスキュー)するための時間でもある。だから、それは、自分の時間でもありながら、誰かのために奉仕することを想定して蓄えている時間もある。そうそう人生の貯金ですよ。