ちょっとした”追っかけ”をしている。カルビーの創業家三代目、松尾雅彦元会長(現相談役)の講演を聴きに、来週は長野まで行くことにした。きっかけは、『農業経営者』での松尾・小川対談である。対談時間に松尾さんが遅れて来たため、時間が十分にとれずに、仕切り直しになったからだ。
そのときに、松尾相談役からいただいた講演資料のパワポ(標記タイトル)があまりにおもしろく、これはぜひ講演を聴きに行きたいと、『農業経営者』の昆編集長に聴講を申し出てみた。近場の宇都宮での講演(7月25日)は、「学校の先生向けなので、15日の長野のほうにどうぞ」と松尾さんからお断りの返答があった。
別の講演を探してみた。それほどまでに聴講にこだわるのは、一か月ぼど前に、ミネルヴァ書房から刊行されている「シリーズ:いま日本の『農』を問う(9)」に掲載された松尾論文を読んでいたからだった。予定されていた対談では、松尾雅彦(2015)「ジャガイモから見える農業の未来」『農業への企業参入 新たな挑戦』について、わたしが質問をする予定だった。松尾論文について議論が始まる前に、松尾さんが長野での講演内容について話を始めてしまった(笑い、実にマイペースな方だった!)。
そうこうしている間に、急きょ、松尾さんが検診で病院へ行かなければならなくなり、『農業経営者』での対談は仕切り直しになった。対談が仕切り直しになったついでに、結果としては、わたしが松尾さんの講演を聴講しに、新幹線で長野まで行くことになった。これはむしろわたしにはラッキーだった。
今週末に、講演についての感想を、本ブログにアップする。その前に、松尾論文(2015)「ジャガイモから見える農業の未来」について、簡単にコメントしておきたい。前著『スマート・テロワール』では、日本をいくつかの食料自給可能な独立した地域ブロックに分割し、そこに農業+食品加工業+小売業のセットを準備する。そのための生産側の条件を議論していた。ある意味で、経営者としての経験に基づいてはいるが、基本は「理論書」である。
それに対して、今回の論文は、松尾さんが、実務の世界で実践してきたことを忠実になぞって記述している。経営者が書いた「歴史書」である。だから、こちらのほうが「理論家」のわたしとしてより興味深かった。簡単に要約する
「1 日本を農業国へ」は、前著の要約である。日本の農業(農村)を破壊したのは、戦後(1945年~)の、とくにプラザ合意(1985年)から後の、食料輸入政策(加工貿易立国論)の過ちにある。農村が疲弊したのは、食品部門の「流通革命」に根がある。そして、農業の生産面でいえば、コメに代わって、トウモロコシ(畜産飼料用)とジャガイモとトマトが、消費の中心に踊りでていたからである。それなのに、相変わらずコメ生産を保護・推奨したことがさらに食料自給率が下がる元凶になった。
「2 カルビーの挑戦」では、民間の一つの会社(カルビー)が、国産のジャガイモでひとつの産業を構築するまでの過程が述べられている。ジャガイモのスナック産業を、当初の50億円から1000億円に20倍に大きくした。いや新しい産業を作り出した。そのプロセスで起こったことは、海外(米国)の大学からジャガイモの鮮度保持技術を移植したことと、国内の流通改革を実行したことである。内容は、農家への価格保証、全量買い取り、貯蔵庫建設の三点である。
この思想は、流通業者として、福島屋(福島徹会長)が「三位一体」と呼んでいる思想と相通じるものがある。三者(農業者、商業者、消費者)がともに生きるには、「価格原理」で動く市場を介してはいけない(福島屋の発想)。品質と利益をネットワーク組織が守る。このことが、松尾さんの実戦をベースに説明されている。
「3 農業近代化のさきがけとしてのジャガイモ」には、マクドナルドとJ・R・シンプロット社(フレンチフライの全米最大の供給者)が登場する。ジャガイモの通年供給と生産性向上が、米国の大学(アイダホ州立大学、ノースダコダ州立大学)での研究成果をきっかけに、マクドナルドの成長によって加速された現実が示されている。松尾氏は、ジャガイモ産業の「プラットフォーム」と呼んでいる。
日本(政府)には、これがなかった。いまでもこれが欠けている。オランダもプラットフォームの構築で優れた成果を上げたので、農業立国になれている。わたしなどは、ここを読んでいてため息が出てしまう。
「4 重商主義からスマート・テロワールへ」では、日本の農業社会への理想が述べられている。(1)従来型の農業の革新(とりわけ、加工産業の創造)、(2)地方の雇用不足の解消(加工業と小売業による雇用吸収)、(3)地域産品の商品化(そのための新たな流通構築と販売方法の創発)。長野での講演では、この辺のもっと詳しい論拠をご本人から伺うことができると思う。