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【書評】 橘川武郎(2019)『イノベーションの歴史』有斐閣(★★★★)
 先々週、本書を『日本経済新聞』の書評欄で見つけた。なるべく早めに読もうと、直近在庫リストに入れておいた。学内外の行事やセミナー、講演などが中止になったので、昨夜から今朝にかけて読んでみた。先日亡くなったハーバード大学教授のクリステンセンの「破壊的なイノベーション」がキーワードになっている。
    
 全体は、3部から構成されている。日本企業のイノベーションの歴史を3つの時代に区分して、それぞれの特徴と各時代に活躍した日本企業(企業家たち)を経営史の枠組みで説明している。起業家たちを実証的に記述するというライティングスタイルは、なんとなく評者の好みにあっていた。
 基本概念として、3つのイノベーションの類型を採用している。シュンペーターが提唱した「ラディカル(ブレークスルー)・イノベーション」、ガーズナーの「インクリメンタル・イノベーション」、そして、クリステンセンの「破壊的イノベーション」である。3つの概念は、本書の三部構成にそれぞれ対応している。 
 なお、企業家(経営者)を、専門経営者、資本家経営者、出資者経営者に分類している。一流の経営史家として高名な学者の分類である。専門外の分野ではあるが、この三類型は納得のいく説明だった。
  
 偶然ではあるが、今朝から社外取締役を務めている会社からアドバイスを求められている。その説明に、本書を引用することにした。著者の主張は、以下のように要約できる。
 日本企業のイノベーションの歴史を概観すると、々掌融代(国内でのラディカル・イノベーションの時代)、¬声0歐靴ら戦後の高度成長期(インクリメンタル・イノベーションの時代)、そして、バブル崩壊後の失われた30年(グローバルな破壊的イノベーションの時代)に区分できる。
 ところが、日本の大手企業は、京セラ(稲盛和夫)、ユニクロ(柳井正)・ソフトバンク(孫正義)、セブンイレブン(鈴木敏文)を例外として、第三期(GAFAの時代)に破壊的なイノベーションを起こせていない。世界のビジネス革新に貢献できていないことで、30年間の停滞が説明できるという主張である。
 その通りである。100%正しい解釈である。しかし、歴史を振り返ってみれば、△了代には、日本は「民間」と「政府」がタッグを組んで、約80年間(1910年〜1990年)にわたる長期の持続的な成長を達成できていた。それはいまはこんなになって、グローバル競争の弱者の位置にいる。
  
 本書の重要な基本命題は、「20世紀の初頭から後半まで、日本が長期的な成長を持続できたのはなぜか?」である。答えのひとつが、第一部「ブレークスルー・イノベーションの時代」に書かれている。とくに、「論点2」が重要である。産業革命に遅れて参加した後発工業国の日本が、なぜ早期に離陸できたのか?
 「ヒトの活用に関していえば、専門経営者が活躍しえたことが大きなポイントとなったが、それを実現するうえで、資本家経営者が専門経営者を積極的に登用したこと、出資者経営者が専門経営者を支援したことが、重要な意味を持った。カネの活用に関していえば、専門経営者が資本家経営者の保有資金を工業化のために使用したこと、出資経営者が株式会社を早期に導入して社会的な資金を動員したことなどが、有意義だった」(70〜71頁)。
 3つのタイプの企業家(専門経営者、資本家経営者、出資者経営者)が相互補完して、離陸したばかりの明治維新後の日本国にとって希少だった資源を有効に活用できたからである。代表的な企業家として、明治期以降では、中上川彦次郎(専門経営者が財閥を改革)、岩崎弥太郎・弥之助(資本家経営者による財閥の形成)、安田善次郎・朝野総一郎(資本家経営者の連携による財閥の形成)、渋沢栄一(出資者経営者による経営資源の動員)が取り上げられている。
 いずれにしても、この明治期から戦前(昭和16年)までは、希少なヒトとカネを駆使して、新しい市場を創造した時代であった。ある意味で先進国を模倣しながら、国内でのブレークスルー・イノベーションを完遂した時代だった
 
 創造した新市場と新産業を大きく成長させていく時代が、第2部「インクリメンタル・イノベーションの時代」である。本書では、この部分の記述がいちばん厚くて熱い。多くの紙幅を割いている(約120頁/全250頁)。
 インクリメンタルとは、日本語では「漸進的」と訳されている。技術的な突破口(ブレークスルー)が開けたあとで、製品やサービスを不断に改善したりコスト低減を図ることである。換言すると、新しい市場や産業を成長軌道に乗せることである。改善型の企業運営を得意とする日本だからこそ、80年間の長期持続的な成長を可能にした。
 この時代に、ケース(8〜17)に登場する経営者(企業)は実に多い。成功物語として、ビジネス書に登場している彼らは(女性経営者はゼロ!)は、小林一三(阪急グループ創始者)からはじまり、松下幸之助(パナソニック創業者)、井深大・森田昭夫(ソニー創業者)、本田宗一郎・藤沢武夫(ホンダ創業者)と続いている。
 社史や伝記本を通して、日本人ならばその功績を知らない人はいないだろう。説明などあえて必要がないくらいだ。偉人たちの功績は、焼け野原の中から立ちあがり、新しい市場と産業のプラットフォームを築いたことだろう。民間人の創意工夫による製品のイノベーションがその中心にあった。
 日本経済の成功要因は、通説では明治維新から昭和の初期まで「輸出主導型経済」だったからとされている。しかし、筆者の説明では、20世紀の欧米諸国へのキャッチアップは、実は「内需主導型経済」でなされたというものである。評者もこの説明の方が正しいと考える。データが示すように、1970年代以降も、経済全体に占める輸出の貢献度は、近年では一桁でせいぜい11%〜13%程度である(197頁)。
  
 第3部のタイトルは、「ふたつのイノベーションに挟撃された時代」。そのふたつとは、ブレークスルー・イノベーション(IT革命)と破壊的イノベーション(プラットフォームの転換)である。日本経済が失速する30年間は、世界の革新的な企業(先進国と発展途上国)から挟み打ちにあった時代でもあった。
 その中で、破壊的なイノベーションに挑戦した企業も少数ながら存在していた。繰り返しになるが、例外企業は、京セラ、ユニクロ、ソフトバンク、セブン-イレブンである。破壊的なイノベーションに挑戦した企業が少なかったことの原因は、どこに求められるのだろうか?
 一つの説明は、株主重視の「投資抑制メカニズム」の存在である。投資抑制の根源を探ると、労働市場の流動性の低さと、ベンチャーキャピタル(自由な資金供給者)の基盤不足である。京セラからユニクロまでの企業は、個別企業内でベンチャー体質を維持できたから、あるいは盛和塾のような横断組織がベンチャー企業を育成してきたからである。
  
 最後に、本書の結論に対して私見を述べてみたい。日本経済失速の30年間の解釈についてである。
    
1 労働市場の流動性不足は、その通りである。しかし、さらに根深い要因は、企業人(専門経営者)が部下や同僚を評価する基準に関係しているのではないだろうか。さらに言えば、学歴や表層的なシグナルで人間の能力を推論してしまう社会風土に、わたしたちの失敗の原因が求められるように思う。
 これまで、異質な挑戦者には、新しい事業へチャレンジする機会やそこに使える資金がかならずも集まらなかった。この風土を変えないと、この国は変われないだろう。それは、学校教育の制度や企業の研修システムを変えることでもある。また、企業内での昇進や採用の仕組みを根本から見直すことでもある。その兆しは、すでに随所にみられる。まったく希望がないわけではない。
   
2 研究書としてみると、本書がカバーしている企業と経営者の範囲が限定的に過ぎるように思う。第3期は、わずか30年のタイムスパンかもしらないが、四人の起業家しか取り上げられていない。しかし、第二期から第三期への橋渡しの役割を果たした経営者や企業が存在している。とりわけ、評者が専門としているフードビジネスやチェーンストアには、1970年から現在に居たいるまで、目立った活躍をしてきた経営者を多数あげることができる。
 具体的に名前を挙げると、[鰭雰弉茵幣尚翆藥亜法↓▲縫肇蝓併鳥昭雄)、サイゼリヤ(正垣泰彦)、て本マクドナルド(藤田田)、イ靴泙爐蕁米8興┝]此法↓Ε筌コー(川野幸夫)、カインズ(土屋裕雅)などである。スケールは小さいが、彼らの貢献は経営史的には、ユニクロや京セラの貢献と比較に値すると考える。もちろん、製造業でも小ぶりながらイノベーターを多数輩出している。そこの分析がネグレクトされている。
  
3 筆者や評者にとって最大の課題は、「それでは、いまの日本において、いかにしてイノベーションのタネを蒔くことができるだろうか?」である。この問いかけに対して、即効性のある解答など簡単に提示できるとは思えない。それができるのが創造的な起業家なのだろう。
 日本固有の問題としては、少子高齢化への対応が課題である。普通に考えると、われわれは「八方ふさがり」の状況にある。それでも世界は動いている。もしかすると、いまの困難を克服するアイデアやサービスに問題解決の芽はあるのかもしれない。人も資金もそこに流れ込むようなシステムを作ることができれば、大きな市場が生まれる可能性はある。
 イノベーションとは、ふつうに考えつく類のものではない。この点に関しては、コメントが難しそうだ。つまるところ、現状を破壊することが、いまの安穏な生活から出ることが出発点なのだろう。自分も、気楽な世界で美味しい空気を吸いすぎてきたようだ。大いに反省しなければならないのだろう。 
| Kosuke Ogawa | 11:38 | - | - | pookmark |

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