今朝発売の新聞で、「TPP」(環太平洋パートナーシップ協定)で合意された農産物の関税撤廃リストが、表紙を飾っている。すでに、コメや小麦、牛肉、乳製品などについては「特別扱い」とすることで、12か国が合意に至る道筋はつけられていた。残りはマイナーな品目である。
しかも、公表された品目(オレンジ、サクランボ、リンゴ、その他水産物)の現行の関税率は、10~20%程度である。これが、5~20年で段階的に撤廃されるか、一定の下限値にまで下がっても、その頃には、日本の農業の担い手が変わっている。農水省の役人や与党の政治家はその辺を見て、自動車や産業用部品産業の利益と妥協する決断を下したものと思われる。
結論からいえば、合意されたTPPの内容で、日本の農業(産業)が大幅が変わることはありそうにない。経済学を少しでもかじったことがある人間ならば、現状が緩やかに変わっていく路線を維持したい農水省と与党政治家たちの勝利であることはあきらかだとわかるだろう。
さっそく、安倍内閣の支持率が少しだが上昇した。そのことからも、日本国民とくに農業分野と自動車分野に利害を持つ集団にとって、TPPの落としどころは満足がいく結果だったと思われる。最終的に、TPPそれ自身の合意内容では、日本の農業に大きな変化をもたらさないだろう。その根拠を説明する。
1、関税率の変更と一部品目の関税撤廃の影響は小さい(為替の変動幅を見よ!)
・オレンジ 現行16~32%(季節ごと) → 6~8年かけて撤廃
・リンゴ 17% → 段階的に引き下げ、11年目に撤廃
・サクランボ 8.5% → 段階的に引き下げ、6年目に撤廃
・鶏卵(殻つき) 17%~21.3% → 段階的に下げ、13年目に撤廃
・鶏肉 8.5%、11.9% → 段階的に下げて、11年目に撤廃
*以下、アイスクリームや水産品の関税撤廃リストが並らんでいるが、ほとんどが現行税率が3~10%程度である。
結局、10%前後の関税率が5~10年で撤廃されても、為替変動と比較すると、微々たる影響にしかならない。近年(2010年~)の対ドルレートは、およそ50%(1ドル=80円→120円)ほど円安に振れている。だから、10%程度の税率の削減などは、変動幅の半分にもならない。
長期的な農産物の輸出入を支配しているのは、為替の変動だとわかる。すでに関税率は、わたしたちが思っている以上に下がっているのである。
2、主要品目(米、麦、牛肉など)は、交渉の蚊帳の外に
コメと麦の関税は撤廃されなかった。政策的な枠組みの範囲に収めたのは、あるい意味で中途半端だった。米国などからのコメの輸入枠は拡大するが(9万トン)、国内の生産量(約850万トン)からすれば、それほど大きな量ではない。小麦も同じである。そもそも80%を輸入に頼っている大豆などは、もともと関税がゼロである。
牛肉にいたっては、現行の税率(38.5%)が低いわけではないが、「1、」で述べたように、為替変動の方が農家の利益に対する影響は大きい。日米での合意内容は、米国産の牛肉を15年かけて9%まで引き下げることである。しかし、国産牛肉の自給率はすでに40%を切っている。
それとは逆に、和牛の輸出を考えると、関税撤廃の方が国内生産者の利害にかなっているかもしれない。もっとドラスティックな決定もあり得たはずである。
3、それでも、担い手の農家は減っていく
TPPに関係なく、日本の農業を担う人の数は減っていくだろう。約200万戸の農家(ほとんどが兼業農家)は、65歳以上が6割を占めている。あと5年で、その3~4割は引退してしまうだろう。5年間で担い手が半分になるのだ。とすると、耕作地の規模を拡大するか、新規就農者を育成する手立てを考えるしかない。
TPPは、その点に関していえば、ほぼ無関係である。貿易問題ではない、国内の産業政策の課題なのである。5年ほど大騒ぎしたわりに、国内問題に対する解決策は不十分である。
土地税制(農地に対する課税)や農地の集約、株式会社の農業参入、中山間地を守るための環境保全型農業への直接支払制度などは、喫緊の課題である。TPPの問題はすでに終わっている。政府(農水省)は、つぎの一歩に踏み出してほしい。農業と流通と地域の橋渡しをする政策立案についてである。