夕刻が迫っている。宿主の計らいで、湯野浜温泉の亀や、11階の特別室にいる。案内していただいたのは最上階の部屋で、目の前は海。窓辺に置いてある木製の椅子に腰かけて、日本海に夕日が落ちていく様子を眺めている。こどものころ、波打ち際からさんざん見ていた風景だ。西陽がとても眩しい。
この砂浜は、120kmほど離れて、生まれ故郷の能代の砂防林につながっている。太平洋とは違って、日本海の海の色は、どんなに晴れても真っ青にはならない。海面が鏡のようになるのは、ごく稀である。快晴なのに、今もさざ波が立っている。
東北の夏は短い。秋田や山形の日本海側で泳げるのは、7月の最終週から8月半ばまで、わずか3週間。終戦記念日が来るころには、クラゲが発生して海に近づけなくなる。そして、水温が急に下がり始める。
今日は夏休み最初の日曜日。眼下には、砂浜にパラソルを刺して、浮き輪を膨らませている家族連れが30~40組ほどいる。しかし、ゴーグルをした子供達が素潜りでサザエやアワビを取ることができるのは、お盆のころまでだ。
午後の7時を回った。夕焼けが終わった。西の空には残照があるが、先ほどからわき出してきた雲に、水平線が呑み込まれそうだ。
空と海の境目がわからない。そして、二筋の飛行機雲が、庄内空港から海側の空に伸びている。
そろそろ始まりの時間だ。アルケッチャーノの奥田シェフのレストランが、亀やさんに出現する。この企画に参加するために、今日はここにきている。
先ほどまで、阿部公和社長に、酒田と鶴岡の市内を案内していただいた。また、もう一軒、15年前に買収して経営している、湯どの庵も見ることができた。
*この続きは、ディナーの後で。
<参考>
「亀や」とは(同社HPトップ画面から)
遥かな日本海の水平線と向かい合う
澄んだ詩想に満たされた湯宿
創業文化十年。「湯野浜温泉 亀や」は静かな四季の移ろいに彩られる庄内の地で
200年の間、旅する人々をお迎えしてまいりました。この海辺の湯宿で過ごした時間が、
美しい記憶の映像として訪れた方の胸にいつまでも残り続けることを願いながら。
その想いをお客様へのおもてなしの一つひとつに、変わることなく込めながら……。