【書評】 デイヴィッド・ビアリング、西田佐知子訳(2015)『植物が出現し、気候を変えた』みずず書房(★★★★)

 『きものの森』に続いて、連休期間中に読んだ「森」の物語の二冊目。「森は海の恋人」(矢嶋さん→気仙沼の漁師さん)=「植物と地球は気候変動の共犯者」と読めるからおもしろい。温室効果ガスの発生源はいまや人間だが、植物の機能的な進化が、かつては地球を冷やしたり温めたりしてきたのだそうだ。



 本署は、その真実に迫った興味深い「サイエンス・フィクション」である。
 翻訳者の西田佐知子さんの名前(女性歌手と同姓同名)が印象的だった。そういえば、数年前に読んだ、マイケル・ポーラン(2003)『欲望の植物誌:人をあやつる4つの植物』(八坂書房)の翻訳者だったのだ。ちなみに、欲望の・・・書評記事は、2011年5月31日(木曜日)にブログで取りあげている。

 本書は、日経か朝日の書評欄で取り上げられていたものである。わたし自身の本が両紙の「日曜書評欄」に登場する少し前のことで、クレメンス・アルヴァイ著(2014)『オーガニックラベルの裏側:21世紀食品産業の裏側』(春秋社)と一緒に購入し、机の上に積んであった。あれからなんと、丸2か月も時間が経過していた。
 オーガニック食品の問題を取り上げるうえで、植物の進化と農業の歴史は避けて通ることができない。本の装丁も全体の目次も、やや専門書的な体裁だったので、忙しい間は読む時間を確保できずに躊躇していた。取り上げられている内容が手ごわそうだったからである。たしかに連休中に取りかかってみると、読み切るのに想像以上に時間が掛かった。
 科学的な発想と論理展開には比較的強い!と思っていた脳みそが、随所でひっかかってしまった。それは、以下に述べる二つの理由からである。

 第一に、わたしの地質学、化学、生物学の知識が陳腐化していたからだろう。受験勉強を終えたばかりの理科系の若者ならば、本書はもっとすいすい読めそうではある。高等学校の理科と大学教養課程の生物化学の知識は、1970年代の前半で停まっている。C12とC13(炭素同位体)まではわかるが、C14(半減期が長いマーカー)が登場すると、途端に理解が怪しくなる。
 ミトコンドリア(光合成の主役)がのちに植物体に進化し、二酸化炭素を分解して酸素を放出するくらいの知識はうろ覚えであるがきちんと備わっていた。が、この程度の知識では、本書の仮説を完全に理解することはむずかしかった。
 一般読者向けに書かれているとはいえ、本書が前提にする科学的な知識は、かなり水準が高い。でも、むかし取った杵柄で、なんとか全部を読みこなすことができた。わかってみると、思いもかけない仮説満載である。時間がかかるが、実におもしろい本だった。

 第二に、これはやや苦言になってしまうのだが、イギリス人風のブラックすぎる挿話(半分はジョークである)が多すぎて、ふつうの感覚の日本人には読みづらい。できれば、日本語版についてだけでも、読者の気持ちが散漫にならないよう、人物描写や科学的な発見にいたるまでの詳細は、もっと要約して記述してほしかった。
 欧米の学者たちの人間関係やプライベートな生活の記述は無くてもよい。また、日本人にとって発音しにくい研究者の名前や発見に至るまでのディテール(事実の積み上げ)は、詳細を飛ばしても全体の理解にはあまり支障がないだろう。できれば仮説的な発見とそれに関係する事実をリスト化してもらうと、もっと読みやすい本になったと思う。

 最後に、この本が伝えることの現代的な意味をわたしなり解釈してみる。
 著者がいちばん伝えたかったのは、「植物が能動的に地球の気候を変えてきた」という”協力仮説”(地球と植物の「共変動仮説」)である。つまり、通説では、地球の地殻変動や太陽の黒点移動が地球(気温、酸素や二酸化炭素の空中濃度)を変化させたとされている。ところが、10数億年前に地上に誕生した植物が、CO2(二酸化炭素)を吸収してO2(酸素)とH2O(水蒸気)を空中に放出することで、地球の気候を変えてしまった。
 その先にあるメッセージは、①いま現在で植物以上に気候変動に影響を与えているが、産業革命の時代を超えてきた人類であること、②気候変動をコントロールする術は数億年前からの数千年前まで、植物が地球に及ぼしてきた影響の痕跡をきちんと総括してみるべきで、③植物(森)のこれまでの振る舞いは、人類にとって大事な教師だということである。
 文系人にはやや難解だが、興味深いに内容の書籍ではある。