【新刊紹介】 矢嶋孝敏(2015)『きものの森: 作ること、売ること、着ることの経営論』繊研新聞社

 友人の矢嶋さんには、数年おきで大学院で講義をしてもらっている。そのたびに、きもの業界の新しい革新の姿について語ってくれる。今回の書籍は、各論をまとめたものである。前半部分は、わたしにとっておなじみの物語と概念である。早速、6月の学部ゼミ生の課題図書に指定させていただいた。



 本書の中で、わたしが共感して得度したフレーズは、帯に書いてあった矢嶋さんの言葉である。

 「同じ木を植えた”林”=チェーンストアから、多様な木を育む”森”=カルチャーブランドへ、
 自ら創ったモデルを自ら壊し、未来を目指す、きもの「やまと」改革の軌跡。」

 日本ではじめて、きもの業界にチェーンストア理論を持ち込んだ経営者(矢嶋孝敏氏)が、日本ではじめて、脱チェーンストアを宣言している。わたしも実務家の矢嶋さんと同様な立場にある。チェーンストア理論を礼賛し、その普及を後押ししてきた研究者が、いま脱チェーンストアの時代を喧伝している。
 わたしたちは時代の変わり目にいる。矢嶋さんが言うように、先輩たちが目指してきた方向がまちがっていたわけではない。だが、世の中が、消費者が、根本的に変わってしまった。「杉林」(画一的なチェーンストア)に覆われた日本の「国土」(流通業界)は、「豊かな森」(消費文化)を育むことの障害になっている。
 間伐材が切り出せないで、林(生活産業)が荒れているのだ。この先は、林を切り倒して、森に作り直すしかない。自らのビジネスモデルを見切りをつけて、自己破壊の後に新しいモデルを創る。矢嶋さんは、きもの産業(やまと)の自己改革を、「4大方向」と「4大改革」のふたつの概念にまとめて述べている。

 出版社の繊研新聞社の紹介文を読んでみよう。

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 「文化」を育てるビジネスモデルへの改革の軌跡と展望

 市場は「創る」から在る??きもの小売業で初めてチェーンストア化し成長した「やまと」。このモデルは業界を牽引した。しかしアパレル出身で同社を継いだ著者は、正絹・フォーマル・高額化に偏ったビジネスに危機感をもつ。「ファッション化」「カジュアル化」「アパレル化」へ舵を切り、新たな市場を創ってきた。その改革の先に、素材もアイテムも業態も自然の生態系のように多様に在り、「作る」「売る」「着る」という三つの文化が豊かに進化する“きものの森”を見据えている。同じ木を植えた“林”=チェーンストアから、多様な木が育つ“森”=カルチャーブランドへ。改革の軌跡と展望を綴った経営論。

★本書の特徴

①文化としてのきものの魅力を論理的に分析。「作る」「売る」「着る」の三つの文化を豊かに進化させるビジネスモデルを提示。
②企業にとって必須のコンセプト、ビジョン、戦略を実現していく組織づくりについて、豊富な事例とともに詳述。
③きものの「今」「これから」を感じられるスタイリングのカラー口絵入り。

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 矢嶋さんと知り合ってから、かれこれ20年になる。法政大学元総長の清成忠男さんと、故人となった橋本寿朗さん(当時、法政大学経営学部教授)と一緒に、大学院主催のパーティーでお会いしたときがはじめてだった。その後、いまでも思い出す印象的な瞬間に出会った。
 柳井さんの仕事を礼賛したわたしの雑誌記事(たぶん『チェーンストアエイジ』の1999年ごろ)を読んだ矢嶋さんが、ファーストリテイリングのSPAモデルと商品の品質(価格)に”ケチ”をつけたことだった。わたしの前で直接、「ユニクロは一過性のブーム」「持続可能なアパレルのモデルではない」と発言したことを覚えている。誤解のないように言っておきたいのだが、矢嶋さんの意見が一方的に間違っていたわけではない。
 フリースブームが起こってブレーク寸前(1998年~2000年)のユニクロは、「安かろう、悪かろう」に近い商品を販売していたことも事実である。いまでも、当時のユニクロの広告を、You-Tubeで閲覧することができる。大阪地区で放映されていたコマーシャルは、冗談としか思えないクオリティのものだった。絶対に笑える関西喜劇の一コマである。
 しかし、矢嶋さんの評価は外れて、その後のユニクロは快進撃が続いた。経営者としての柳井正氏は、2002年~2003年にかけてて一度は停滞を経験した後、大きく進化を遂げている。絶え間のない自己革新こそが、ファーストリテイリングの真骨頂である。

 たぶん、間違いなくそうなのだろう。ほぼ同じ年齢(矢嶋さんが一級下)で、親も同業(衣料品店を経営)。しかも、大学も学生紛争時代の同窓(早稲田大学)である。矢嶋さんは、大躍進後の柳井さんの踏ん張りを、半ば批判的に、半ば驚愕に近い思いで見ていたことだろう。矢嶋さんは、きもの業界に戻ってくる前は、カジュアル衣料品の業界に身を置いていた。「やまと」の後継社長として戻ってくる前は、「アイドル」という衣料品チェーンの創業者だったからだ。
 きもの(和服)とカジュアルウエア(洋服)という違いはあるが、”カジュアル”を世に広めるという使命は同じである。方法的には、しかしながら、両社が目指すSPA(製造、販売、消費の一体化)の内容は大きく違っている。矢嶋さんのユニクロ批判の根底にあるのは、2000年代のはじめから、「産地を破壊する製造小売業(SPA)では意味がない」だった。だから、矢嶋さんは、国内にある「着物の産地を護る」というスタンスを崩さない。
 矢嶋さんが大切にしている「きものの森」では、産地と小売業者と消費者が一体である。だから、「作る」「売る」「着る」という三つの文化が(同時に)豊かに進化しなければならない。おそらく、グローバルなカジュアルウエアの競争の世界では、この姿勢は維持できないだろう。矢嶋さんと柳井さんとが相いれないのが、この業界のインフラと競争に関係する部分である。 

 さて、きものの森は、この先どのように進化を遂げるのだろうか?
 個人的には、65歳を過ぎたら、町歩きの半分くらいは、きもので通そうと思っている。毎日をきもので過ごすために、矢嶋さんには申し訳ないが、男性用のきものについては、業界的に課題だらけである。当面のお願いは、つぎの三点である。
 ①お値段と仕立ての代金、
 ②クリーニングの容易さと維持管理費(収納スペース)、
 ③カジュアルに着ていく場所が簡単には見つからない、
 当面、「きもの着用文化」は文明的な軸ではあまりに不利である。が、わたしのような物好きが、きものを日常的に楽しめるよう、もっと和服のファンを増やしてほしい。和食が21世紀の主役に踊り出たようにだ。

 最後は、繊研新聞のHPに掲載されている、本書の「目次」を抜粋して貼り付けておくことにする。

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目次

■本書の内容

序〝きものの森〟へ

第1章 きもの文化論
「作る」「売る」「着る」の三角形

きものビジネスの存在理由とは/「きもの」をどう捉え直すか/「きもの文化」を構成する三つのファクター/「着る意志」が生むファッション

第2章 きもの進化論〈前編〉
「四大方向」への大転換

「カルチャー&ブランド型ビジネス」へ/自ら創ったモデルを自ら壊す

第3章 きもの進化論〈後編〉
市場は「創る」から在る

創らなければ消える市場/一業種にも多様な市場が在る/「きもの進化論」の原動力は「客数増」/アパレル化の象徴「ドゥーブルメゾン」

第4章 きもの産業論
文化を育てる産業へ

小売業の役割とやまとの基本姿勢/「三つを護る」ことが産業を創る/産地と共に

第5章 きもの経営論
理念を実現する組織づくり

改革を根づかせる組織マネジメント/多様な視点による日常的マネジメント/「気づき」がすべての出発点/きものを伝えるというミッション

著者プロフィール

●著者プロフィル/矢嶋 孝敏(やじま・たかとし)
1950年、東京都新宿区角筈生まれ。72年、早稲田大学政治経済学部卒業。88年、きもの小売業「やまと」の代表取締役社長に就任。2010年、同社代表取締役会長。11年、一般財団法人「衣服研究振興会」理事長就任。